↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/47

第27章(2) 襲い来る矢

「金と石黄《オーピメント》がすり替えられていたら、装飾師ならすぐにわかる」


 薄暗い聖堂の中、松明で照らされたウド工房長が重い口を開く。


「どうすべきか、相談すると、銀貨で黙らせるようにと。だから金《ゴールド》を専門に扱うルーカスだけは買収し、金《ゴールド》のフリをさせていた」


 うつむいたまま話すウド工房長に、グンター管理長が問う。


「では、さる大聖堂から預かったという、本物の原料はどこに……?」


「…………」


 言いよどむウド工房長の代わりに、アレクシスが口を開く。


「預かった原料は、最初から全て偽物だった」


 ウド工房長はなぜわかる? と、反射的に顔を上げ、アレクシスを見た。


 だが、言葉の主の黒髪と黒い瞳をみとめると、


「黒い予言の悪魔には、すべてお見通しというわけか……」


 観念したように、つぶやいた。


「お見立てのとおりだ」


「最初から原料が偽物!? 私はかなり高価な大事業になると聞いていましたが……」


「誰も損をしないから、偽物と知りながら見逃すように言われたのだ」


 グンター管理長の後ろにいた僕は、初めて聞く、ウド工房長の話に愕然とする。



「そうするうちに、主絵師《マエストロ》のティーロが偽物の金の袋を持ち出し、鐘楼から転落した。ルーカスは、どこで入手したのか、メモをもとに、他のすべての原料もすり替えられていると、さらに金《かね》を要求してきたのだ」


 アレクシスの解説を、にわかには信じられない様子のグンター管理長だったが、さすがに本人の証言が出れば話は別だ。


 すべてアレクシスの言葉を裏付けるような話に、僕もグンター管理長も、その場にいた修道士たちも言葉を失った。



 ウド工房長は、顔を覆いながら続ける。


「しかもヤツは脅してきたんだ。私が、原料をすり替え、口封じにペーターとティーロを始末したと、管理長に言うと」


 なんてことだ! 工房長は間違っても人を殺めるような人じゃない!


 ルーカスはとんでもないヤツだった。

 

 絵の具のすり替えを恐喝するだけでなく、自分の犯した罪までも他人になすりつけようとしていたのだ。



 ウド工房長は顔を上げ、すがるようにグンター管理長を見た。

 


「でも、私は誰も殺してない! 神に誓って!! だが……」


 すり替えのできる工房長が、口封じに殺したと言われると、皆信じてしまうかもしれない。

 

「『アラテア』と銀貨の袋を盗んだのはあなたですか?」


 さらにグンター管理長が質問を重ねる。


「……そうだ。ルーカスが死んで嵐が過ぎ去ったと思ったのに、宝物庫の鍵を開けると、回収するように命じられた銀貨の袋があった」


 昨日、保管に困って宝物庫に入れてもらった銀貨だ。



「なぜここにと思ったが、回収しなければ、ルーカスと同じように私の命も危ない。だが、銀貨だけ盗めばその出所を探られかねない」


「金目当てに見せかけるために、『アラテア』も盗んだということですか」


 ウド工房長は何も言わず、認めるようにうなずいた。


 確かに『アラテア』に比べたら、銀貨なんてはした金だ。わざわざ『アラテア』を置いていく方が怪しくなる。


「あなたにそれを命じたのは誰ですか? ルーカスは誰に殺されたのです!?」


「……あのお方……」


 工房長は絞り出すように言った。


「あのお方? 誰です? それは?」


 グンター管理長が工房長を覗き込む。


「あのお方……葉薊《はあざみ》の蝋封の……」


 その時だった。


 風切り音と共に何かが飛んできたかと思うと――――



 ドスッ……!



 のけぞるウド工房長。




 その胸には。




 ――――――矢!



 僕は何が起こったのか一瞬わからなかった。


 その場にいた誰もが、あっけにとられる。



 そして一拍後、夜襲を理解し、みな反射的にその場を離れる。



 頭が真っ白になった。


 その瞬間――――頭では、いけないとわかっていたはずなのに。


 僕は……


 みんなとは逆に、身体は倒れゆく工房長の方へ駆けていた。



 ドサッ……!


 ギリギリのところで、前のめりに倒れる工房長の胸元に体を滑り込ませ、何とか支える。


 ずしりと体重が僕の肩にかかる。標準的な体形とは言え、成人男性の体は重い。


 このままではダメだ。


 ここは蝋燭の明かりで照らされ、射手からは格好の標的になる。


 工房長を移動させなければと思うが、重くて動かない。


 その時。



 キリッ……



 暗闇から、次の矢を絞る弓の音が聞こえた。


「エ……エリアス……逃げなさい」


 小刻みに胸を上下させ、苦しげな息の間から工房長の声が聞こえる。


「そんな……できません」


 工房長は偽装に加担したかもしれない。でも、そんな事は工房長を置いて逃げる理由にならない。


 僕に一から写本を教えてくれて、優しく導いてくれた人だ。


 こんな風に誰かに命を奪われるなんて、あってはならない。


 だから僕は……工房長を庇うように自分の体を盾にした。


 

 また、人がいなくなる。


 次々と。


 僕の周りから……


 こうなることが怖かった。



 悪魔であってもいい。


 この悪夢を止めてくれるならば……


 そう思って、あの夜、ヤツの部屋の扉を叩いた。


 あの、漆黒の髪をした

 

 あの黒曜石の瞳の――――



 僕は覚悟を決め、目を閉じようとした。


 その瞬間。


 目の前を、黒い髪が翻《ひるがえ》る。


 あの、どこまでも透明で、清廉な気配。


 冷たく気障で、でも、どこかあたたかな空気が僕を包んだ。


 何が起こったのか理解できず、僕は目を見開く。


 なぜ!? 君が……


 思わず声が漏れる。



「アレクシス!」



 僕と射手の間に割り込んだのは、黒い髪の男の背中だった。


 工房長と僕、そして射手を結ぶ直線上に彼は立ちはだかった。


 そして調伏の呪文のように言葉を吐いた。


「猊下《げいか》は、ここまで大事《おおごと》にすることをお望みか?」


 射手の気配がほんの……


 ほんの一瞬だが淀んだ気がした。


 それと同時に、柱の陰でもう一つ誰かの気配がした。

 

 そうだ! ヴォルフガングの話だと、仲間は他にもいた!! 新手か!?



 もうこれ以上誰も失いたくない。


 誰も……!


 かすれた喉から、声をふりしぼる。


「君は無敵の悪魔じゃない! 人間だ。命を粗末にするなっ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。