第27章(1) 超推理! 名探偵アレクシス
夜の静寂を破り、修道士たちの声がする。
「見つかったぞ! 聖堂だ!」
外の方で、誰かがそう叫んでいるのが聞こえた。
「石黄を炙ると有害な煙が出る。犯人は自分で鍵をかけたルーカスに、石黄のインクで書いた手紙を燃やさせた」
一人意味が分からない様子のグンター管理長に、アレクシスがさっきやった実験の結果を説明する。
「確かに、工房で金を使うのは、装飾師のルーカス一人です。金と石黄をすり替えるなら、彼を巻きこまないと無理でしょう。では、なぜ殺されたのですか!?」
すり替えと聞いて、一時茫然としていたグンター管理長だったが、すぐに平常運転に戻り、素早く聖堂へと踵を返しながら聞いた。
アレクシスが後に続き、答える。
「絵の具のすり替えに関わった人物を、さらに強請ろうとしたからだ」
その後に僕が続くが、さらに強請ろうとした? さらにとはどういうことだろう。
「ルーカスはすり替えを知ってたって言ったよね?」
僕の言葉にアレクシスが答える。
「おそらく、装飾師として彼が扱う金についてだけは知っていた。銀貨で最初から買収されてたんだろう」
それを聞き、わずかにグンター管理長が息を呑む。
僕は倉庫にあった銀貨の袋を思い浮かべた。
修道士が一生かかってもお目にかかれない大金。すり替えて浮いた金から出ていたとなれば、辻褄があう。
「修道士ならあんな銀貨使いようがないけど、出家してないルーカスなら使い道もあるか……」
いつでも修道院を出ていける俗人。
マリアさんと所帯を持つことでも考えたのだろうか。
グンター管理長は、にわかに信じられないといった様子だが、とりあえず先を促す。
「強請る情報をもたらしたのは、二番目の被害者のティーロだ。二番目にすり替えに気がついた。青に接する金の黒変で、自分が扱っているのがラピスラズリでないことに」
ラピスラズリなんて滅多に使えるもんじゃない。噂で聞く程度だけど、色が変わらないことくらいは僕でも知っている。
「ティーロは、顔料のすり替えを疑い、高額な原料の受け入れ記録を調べ始めた」
アレクシスの話を聞き、僕は立ち止まる。
「じゃあ、このメモは! ルーカスのメモじゃなくティーロの!?」
改めてメモを取り出す。ミミズの這うような悪筆。
「絵師のティーロは左利きだが、左手専用の羽根ペンを持っていなかった。最初右手用の羽根ペンで書いていたが、上手く書けず、左利きのフーゴの羽根ペンを借りた」
「じゃあ、この読めない字は右手用のペン!?」
「金額の文字が読みやすくなっているのは、何らかの変化があったからだ。調査後、左手用のペンで書き入れた。ちなみにルーカスは文字を読めても書けなかった」
――そうだ! 誰もルーカスの文字を見た者はいなかった。
字を読める人が少ないから、書く必要もない。ましてや絵師なら。文字が読めれば事足りる。
「不幸なのが一番最初の被害者ペーター。最後に気づいた。雑用係だった彼は見てしまった。画材倉庫で銀貨の袋を」
「……って、待てよ! ということは、ペーターを殺したのは!?」
僕の声が夜の回廊に響きかけ、慌てて声のボリュームを落とす。
僕たちは回廊を渡り、さっき石黄の実験をした吊り下げ式の油脂ランプまで来た。
そこは修道士専用の聖堂への入り口だった。
「そう、ルーカスだ」
アレクシスは聖堂の扉を開きながら言う。
「ルーカスは、ティーロが探り始めたことに神経をとがらせていた。そんな時、ペーターに銀貨を見つけられてしまい、口封じにオーカーの袋で窒息死させた」
殺された順番と、気づいた順が、まさに逆だ。
「ティーロはペーターが、絵の具のすり替えを知ったために殺されたと推理した。そこで、証拠の石黄の入った金用の革袋と調査したメモ、『アラテア』の絵を持って、同じ絵師仲間のルーカスに相談した」
よりにもよって、ペーター殺しの真犯人に!
「雇われ絵師のルーカスには、原料のすり替えのような大それたことは、決してできない。だからペーター殺しには関係ないと思ったのだろう」
「そうか! ティーロはすり替えた人間が殺人犯だと思ったのか!」
それは当然だろう。すり替えた犯人と殺人犯が別の人間だなんて、普通は疑わない。
「どちらが鐘楼に呼び出したのかは、わからない。だが、メモと、金が黒変した『アラテア』をルーカスに見せ、金以外の絵の具もすり替えられていると話した」
そして、ティーロは鐘楼から突き落とされ、証拠のメモと『アラテア』の絵は奪われた――――
「鐘楼に上った夜、壁で何かが光ったのを覚えているか?」
「ああ、あのキラっと光るヤツ」
「そうだ。ティーロが抵抗して付いた絵の具を、後日ルーカスが拭き取った。だが拭い残したのだろう。石肌に入り込んだ石黄の粒が、あの夜、照らされて光った」
なんてことだ。
僕はあの時何と言ったか。
『犯人は再び現場に舞い戻るっていうからね』
その通りじゃないか……
「見える極が殺人ならば、見えない極は、原料のすり替えだ」
だから――――。
石黄を巡って、殺害と、すり替えの、二つの極。
二つが逆向きに回ってたんだ。
気がつくと僕達は、人集りができはじめた聖堂の中に着いていた。




