第24章 空っぽのハコ
何か……
先ほどから、用心棒の視線をやけに感じていたが……
急に気配が消えた!?
回廊周辺の気配を感じ取りながら、毒薬の実験結果の考察を述べた。
「おそらく、ルーカスは誰にも見つからないように、鍵をかけ部屋を閉め切った。逃げ場のない毒はあの部屋に充満した。それが密室の正体といったところか」
「でも、一体誰がこんな手紙を!?」
ヴォルフガングの気配に気づいてない様子のエリアスが問う。
そう、それが問題だ。
「そもそもあれは誰のメモだ?」
「それはルーカスの――」
言いかけたエリアスを指で制した。
管理長のグンターが、早足で宝物庫の方へ向かっていったからだ。
「グンター様だ。こんな時間にどうしたんだろ?」
グンターの持ったランタンの明かりが、無人の宝物庫に吸い込まれていく。
私たちもその後を追う。
揺れるランタンの明かりが壁を照らし、グンターの進む方向を示す。
明かりは迷うことなく、写本が保管されているはずの棚へと進んでいく。
グンターが、棚の中にある木箱を開けたところで、
「お探しのものはあったかな?」
背後から声をかけた。
グンターは私たちの突然の出現に驚いたようだが、冷静な声で言った。
「いえ、ありません。残りも」
「残りも?」
意味を測りかねて聞くと、正確な答えが返ってきた。
「今日ここに入っているはずの、残りの『アラテア』も消えています」
エリアスがチラッとこちらを見る。
そのうちの一枚をくすねた盗人なら、ここに一人知っているのだが……。
それとは別に宝物庫から直接盗まれたということなのだろうか。
まだ誰が味方で誰が犯人か、定かでない。
羊皮紙工房の時のように、口をとがらせて静かにしているエリアスに、正解だと目配せした。
工房長のウドによると、今日制作途中のページはわずか一枚だったらしい。絵師がいなくなり作業が滞っているとか。
グンターはその一枚を、ウドに宝物庫で保管するように指示したが、工房で騒ぎになってしまった。
そのため、確実に保管されているか確認に来たというのだ。
「たしか、最初に盗まれた時、鍵が開いていたと言っていたな」
「そのとおりです。何らかの形で鍵を使われている恐れもあります」
それを確かめに来たのか。
「そしてまた、鍵はかかっていなかった」
グンターは開けた木箱を私たちに見せた。確かに中は空だった。
「ここは常に鍵を?」
私の問いに、的確に回答が返ってくる。
「もちろんです。たった1枚でも職人の給金2年分くらいの顔料が使われています」
本物だとしたら、貴金属としての価値だけでも大したものだ。
「鍵は……」
「私と司教様、そして工房長が持っていますが……」
「誰かの鍵が盗まれた?」
エリアスが言う。
「いえ、私も、ウド工房長も鍵は盗まれていませんでした。司教様の鍵は昨日から私がお預かりしています」
そう言って、二本の同じ形の鍵を見せた。
この細身の修道士は、修道院の運営を任されるだけあり、スキがない。
「でも、待てよ。盗まれたのは未完成品なんだろ?」
思いっきりため口ということは、私にあてた言葉か。
「盗んだとして、未完成品なんかどうするんだろ? 完成品なら高値でさばけそうだけど」
確かに。
素人が続きを完成させられるとは思えない。
「証拠隠滅か……。一階の倉庫からメモを持ち去ったのと同じように」
私は、ヴォルフガングから預かった葉薊のブローチを思い出した。
何者かが、この修道院をうろついていることは確実だ。
私たちが調査していることを知り、証拠品の回収を急いだのだろうか。
「証拠隠滅って、処分しちゃうってこと!? せっかく描いたのにもったいない!!」
「偽物だぞ……」
相変わらず、どうしてそこが気になる? と聞きたくなる感想に、半開きの目で答えた。
「偽の原料を使ってたとしても、逆の立場だったら、本を見て原料が偽物なんて気づくかな……」
のんきな声で、どちらの味方なのかわからないことを言うエリアス。
私は、何か手がかりが残されていないか、木箱を覗きながら言った。
「他の色はともかく、金だけはごまかせない……」
そこまで言いかけて、止まった。
逆の立場……
逆……
「エリアス」
「え?」
「……それだ」
私の中で何かが囁く。
さっきと同じ要領だ。
無意識に指先が唇に触れる。
意識の奥に眠っている事実の断片――――。
一見無関係に見える千々に切れた断片を拾い集め、浮かび上がらせる。
黄金の花。
羊皮紙のメモ。
世界の軸。
娘のチョーカー。
銀貨の袋。
それらを組み替え、新たな現実を再構築する。
ペーター、ティーロ、ルーカス。
盗まれた未完成品。
折れた羽根ペン。
偽物の金。
意識と無意識の狭間を彷徨い
残りの断片を滑らせる……
様々なピースが、あるべき場所に……
……カチリ。
全てがハマった。
「――――そういうことだったのか……」
「何が!?」
エリアスは尋ねたが、それよりも……
「工房長が危ない」
私は宝物庫を急いで後にした。




