第22章(2) 毒薬実験
確かに、薬は量を誤ると毒にもなると聞いたことがある……。
「だけど、本当にそんなことが!?」
あまりに飛躍しているアレクシスの言葉を、にわかに信じることはできない。
「星と同じだ。仮説をたて、検証する。そのためには、実験してみればいい」
実験……!?
アレクシスは画材倉庫の中を見回す。
倉庫の中は雑然としているようだが、きっちりと原料が袋や箱に収納され、中の物の名前が書かれている。
彼は部屋に置かれた棚の原料から、石黄――『auripigmentum』と書かれた亜麻袋を探して、中を開けた。
「見てみろ、ご丁寧に袋に値段が書いてある。この塊で10デナリウスだ」
「随分お安いね。この塊は5リブラくらい? とすると、1リブラあたり、2デナリウス?」
1デナリウスで数日分のパンは買える。
随分お安く感じるあたり、どうやら金やラピスラズリの金額で、僕の頭はインフレしてしまっているようだ。
「そうだな。同じ重さなら、金はこれの千倍以上だ」
千倍以上。あまりの金額の落差に僕は言葉を失った。
アレクシスが亜麻袋から取り出したのは、結晶のような塊。
鮮やかな黄、いや、輝く黄金色。
光沢を持ち、金色に輝く塊を本物の金だと言われたら、みんな信じてしまうだろう。
アレクシスは腰に差した短剣を取り出し、結晶の表面を削る。
短剣の切っ先を当てるとパラパラと簡単に、表面の結晶がはがれおちる。
確か雲母のように剥がれやすいとあった。
剥がれた石黄を短剣に掬い取り、その断片を棚にあった絵皿に入れた。
「どうするんだ?」
「焙られると、どうなるか……お得意の検分だ」
お得意のって何だ??
たしかに『博物誌』には、「効き目を強めるには、色が変わるまで焙る」とあったけど。
僕の頭の中は疑問符のまま、アレクシスについて倉庫部屋をあとにした。
建物の外に出ると、辺りはもう人が判別できないほどに薄暗くなっている。
逢魔が時。
修道院の回廊には、吊り下げ式の油脂ランプが灯されていた。
ランプの周りには、夏の名残を惜しむ虫達が寄ってきている。
アレクシスはランプの火を取ると、
「離れていろ」
と言いながら、先ほど切り取った石黄の断片に、炎を近づけた。
すると――――
じゅっと火に接した表面が溶け始めたかと思うと……
――――燃えた。
あ、青紫――――――
青紫の炎を出して。
ふわふわと。
こんな炎は見たことがない。
それは、まるでこの世のものとは思えない、幻想的な光景。
ゆらゆらと絵皿の上で踊る、青紫の炎から目が離せなかった。
僕はこの、闇の中で輝く、悪魔のような炎の色を、美しいとさえ思った。
しばらくすると、遅れて煙がもくもく立ち上り、煙に当たった虫たちが次々に落ちていく。
そして、嗅いだことがある、ニンニクの香り。
離れていても、喉が焼け付くような刺激のある香りだった。
「手紙には何と?」
アレクシスの問いに、僕は幻想世界から引き戻された。
そして、燃え残った灰から読み取った手紙の文字を伝える。
「『銀貨は送る。読んだら燃やせ』と――」
「石黄のインクで書かれた手紙が燃やされた結果だ」
アレクシスは口元を袖で覆いながら、虫たちを目で示す。
石黄のインク――――!
「おそらく、鉱物の石黄が染み込んだ部分だけが、灰になっても変色して残ったのだろう」
「だから、あんなにはっきりと文字の跡が読めたのか」
なんてことだ…………ルーカスは密室でそれを、炎で焙った。
ただ、人の目を欺くだけの、偽物の金ではなかったということか……
そんなことを考えている間に、皿の中の石黄が燃え尽きる。
幻想的な光景は終わり、虫たちが足元に落ちて死んでいた。
僕は、漂った煙を手で払っているアレクシスを、彼に気づかれないように見た。
普通の人間なら、この世界の絶対権威『博物誌』を鵜呑みにする。
この男は、それを検証し、さらに進化させやがった……。
星と同じと言った。
星を語る時のように、思考が言葉を得たからか?
僕は、この男の驚異的な演算思考能力に戦慄した。
もしかしたら、とんでもないものを誕生させてしまったのかも知れない……。
残されたのは、かすかなニンニクの香りと、炎の残像。
魂を奪われそうなほど美しい、青い焔だった。




