第22章(2) 写本師のかくし芸
ラピスラズリも偽物!?
アレクシスはとんでもないことを言い、先を続けた。
「あの倉庫から出てきたメモを覚えているか?」
「ああ、金、銀、ラピス、エンジ虫……」
「そうだ。『アラテア』に使われていた絵の具だ。その全てが偽物だとしたら?」
すべての絵の具が偽物……だとしたら……
「横に書いてあったのは金額だろ?」
僕はゴソゴソと腹のポケットから、例のメモを取り出す。
「本物はとんでもない金額だよ。金2400デナリウス、ラピスラズリなんて2800デナリウスだ! 馬20頭は買えるよ」
「それは1リブラあたりの相場だろうな」
僕の言葉にアレクシスが付け加えた。
とてつもない金額に、眩暈がする。
茫然とする僕に、アレクシスは言った。
「高価な本物と、安価な偽物をすり替えた者がいる」
目的は……その差額の金。
犯罪の匂い――――
既にしてたじゃないか。棚から出てきた銀貨の袋から……
「たとえそうだとしても、ルーカスやティーロが原料をすり替えていたんだろうか?」
二人とも金、銀、ラピスラズリの絵の具を扱っていた。すり替えようと思えば、機会はあるけれど……
「まず、誰が、どの時点ですり替えたかだ。すぐにばれるのでは意味がない。ばれない算段があったはずだ」
どの時点と言われても……何も思いつかないので、最初から考えてみる。
「もともと依頼主の大聖堂から、仰々しい革袋に入った、金銀やラピスラズリが運び込まれたんだ」
「保管は?」
「昼は工房にあったけど、夜は作成途中の『アラテア』と一緒に、宝物庫に保管されていたよ。鍵付きで」
「なるほど……宝物庫の鍵を持っているのは?」
「工房長やグンター様だよ。司教様も持ってるって言ってたかな?」
「……今日の盗難も、鍵は壊されていなかったと言っていたな」
アレクシスは指で唇をなぞりながら、しばらく何かを考えていたが、突然顔を上げて言った。
「一つ確かめたいことがある。偽物の金、石黄は毛皮の脱毛に使うと言ってたな?」
こんな時に何だ?
「それはもう、ごっそりと。君も見ただろ?」
僕は、東門の羊皮紙工房で見た様子を思い出す。
あんな毛だらけの毛皮でも、するっと脱毛できるって、相当お肌に悪そうだ。
僕は、最近うるおい補給してない指先をこすり合わせる。
アレクシスがそんな僕を見ながら、呟く。
「皮膚炎を患っていたな。ルーカスは」
そう言えば、ルーカスの手のひらは黄色く皮が厚くなってた。
それがどう関係あるんだ?
「写本師。この修道院に、石黄について書かれた書物はあるか?」
突然の質問が飛んできた。
写本師と呼びかけられたのは初めてだ。
つまり求められているのは……
「『博物誌』に、何かの薬になるって書いてあったかな」
僕はぼんやりと、石黄についての記載の記憶を辿ってみる。
「薬?」
「そうだよ」
偽物の金が、脱毛剤だけでなく、薬になるのが意外だったのか、アレクシスは問い返した。
「『博物誌』があるとはさすがだな」
「ふふんっ。そうなんだよ」
『博物誌』――――神が造り給うた世界の全貌を、体系的にまとめた世界最高峰の百科事典。
そんじょそこらの修道院と違って、聖エメラム修道院にはあるのだよ。これが!
自分のことじゃないけど、ほんのちょっとだけ……ふふふふふっ。
いや――――
かなりドヤった。
はははははっ!!
いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなかった。
「確かに『博物誌』なら石黄について詳しく載っているな。判断するには石黄についての知識が足りない。多少時間はかかるが『博物誌』の記事を……」
そういうアレクシスを手で制した。
「……大丈夫。多分覚えてる」
「覚えている?」
問い返すアレクシスを置いて、僕は記憶の中から、『博物誌』を探し出す。
そして、トントントンと石段を駆けあがり……
石黄のページへと――――
『……エリアス? 今どこ?』
『ちょうど石黄のところ……』
ベルンハルトと手話でそんな会話をした記憶をたどる。
寒い写本工房で、吐く息が白かった。
白いモヤの中から、映像が像を結ぶ。
たしか、かなーり評判の悪い皇帝が、金を作り出そうって話だった。
「その色は金に似ているが、雲母のように脆い。カリグラ帝は金を欲するあまり、大量に煮つめて金を取り出そうとしたが、大赤字に終わった」
アレクシスは僕の方を振り返る。
確か……まだある。
数日後に、もう一度出てきた。
たぶん、こっちが本命。
石黄の効能について。
前の項目を引用していたので、引用箇所を羊皮紙の端にメモったんだ。
「効能は、鶏冠石より強力。洗浄薬・止血薬・温薬。喘息と咳の薬。肉を焼き爛れさせ、イボや腫物、余分な肉を除くのに使う。脱毛剤にも配合される」
おお、脱毛剤! ちゃっかり『博物誌』に書かれていたじゃないか。
そして……
「効き目を強めるには、色が変わるまで焙る」
僕は記憶の中にある『博物誌』をアレクシスに語った。
「『博物誌』をすべて記憶……しているのか!?」
悪魔と言われても表情一つ変えなかったアレクシスが、少しばかり目を見開き、確かめるように言った。
「すべて記憶とはいかないけど、写本すればだいたいは覚えられる」
すごーくカッコよく言ってしまったが、ちょっと盛ってしまったかもしれない。
だから大事なことを付け足しておく。
「普段は忘れてるけどね」
何度も何度も見本に戻るのは面倒なんで、文章丸ごと覚えていたらいつの間にか身についてしまった。
僕の特技。
究極の省エネ術。
時間が経っているから、細かい表現までは合っているかはわからない。
でもまぁ、そこはばれないだろう。
内容は合ってる。多分。
変わったヤツだなとばかりに、アレクシスはフッと息を吐いた。
そしてすぐに本題に戻る。
「随分と人の体に作用する『薬』のようだな」
「みたいだね」
そう、そこが伝わればいいのだ。
「しかも、肉を焼き爛れさせ……焙る」
唇に指をあて、しばらく何かを考えていたアレクシスが、思い至ったように言った。
「おそらくそれ以外に……書物に載ってない使い方がある」
「はぁ? 書物に載ってない使い方?」
僕は素っ頓狂な声をあげ、怪訝な顔になった。
「そんなもの、あるのか?」
せっかく引用したのに、それ以外の使い方かよ!?
さっきの僕のかくし芸発表会は何だったんだ!?
疑いと不満を声に乗せた。
しかし、僕の非難を意に介することなく、アレクシスはこともなげに答える。
「太古から、薬のもう一つの呼び名。毒薬」
「――――!」
僕は息を呑んだ。
毒――――――




