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第1章(2) 金髪の小僧

 金髪の小僧はヤバッ、という顔になった。


「なぜ知っている?」


 動揺を隠すように言うが、


「ついでに、司教殿もご帰還かな」


「何だって、それを!?」


 金髪の小僧が言うのと同時だった。


「エリアス!!」

「エリアス!!」


 先程くぐった扉が勢いよく開けられ、二人の男が流れ込んでくる。


 一人は年の頃22、23歳くらい。

 

 亜麻色の髪を肩のあたりで結った剣士風の男。


 カーキ色のチュニックを着崩しているが、腰に差した長剣のグリップや鞘を見ると、よく手入れされている。


 剣に施された銀の象嵌が、実用性を邪魔することなく、風貌に調和していた。


 もう一人は、金刺繍の豪華な法衣を身につけた、初老の司教。


 足を引き摺りながら、息を切らせて、亜麻色の髪の青年を追ってきた。


「よくも、はめてくれたな!?」

「バクルスの杖をどこへ!?」


 別々に発せられた言葉が、静寂を旨とする修道院の回廊に響き渡った。


 不意の戒律破りの大声。


 だが、中庭にいる修道士たちは誰一人として注意を払わず、黙々と作業にいそしんでいる。


 これが日常の光景だとでもいうように。


 そして、どうやら形勢逆転。


 1対3で金髪の小僧を取り囲む形になった。


「司教様、随分お早いご帰還で……」


 早く帰ってきて残念だとばかりに、不満げにつぶやく。


「エリアス! 何故そんなものを?」


 司教は息を整えながら、金髪の小僧が無造作に手にしている杖を見る。



 私を殴り倒すため……


 

 中指が無意識に下唇をなぞる。


 その指が……止まる。



「司教殿のため」


「!?」


 小僧は、イタズラを見咎められた猫のように、さっと目を逸らせた。


 この金髪の小僧、面白い。



「ここ数日、巷《ちまた》を騒がせている黒髪の悪魔。さぞかし司教殿の元には、報告が届いているのでは?」


 司教を見ながら、小僧の方へ歩みを進める。


「今日留守にされていたのも、その件で聖ペトロ大聖堂の司祭殿と相談でもされていたのでしょう。そして帰還してミサ用の礼服に着替えたところで杖の紛失に気が付いた」


「その通りだが、なぜそれを!?」



 そんなものは、知らない。


 私の言葉を聞いたものは皆『悪魔の囁き』と口々に言う。



 常闇を思わせる漆黒の髪と瞳


 神とは対極の存在。


 呪われた予言の悪魔と。


「……だけど」


 その声に思考の闇が中断される。


「司教様に代わってミサを行うわけじゃないのに、杖をくすねたことがなぜ司教様のためになるんだ?」


 くすねたことを認めたな小僧。


 私は、回廊の窓の桟に軽く寄りかかった金髪の小僧を見る。


「杖はつ(・)い(・)で(・)だろう?」


 金髪の小僧は無造作に杖をもてあそんでいた手を止めた。


 私は小僧に近づき、そっと杖に触れてみた。


「大した意匠だ……」


 金で縁取られた先にはまっているのはエメラルドか。


「つ(・)い(・)で(・)ってどういうことだ?」


 怪訝そうにこちらを緑の瞳が見ている。


 私は指先で杖を軽く指しながら言った。


「この杖の法力が本当に効くかどうか試したかったのがつ(・)い(・)で(・)」


 エリアスと呼ばれる小僧は髪をかき上げた。

 さらさらと軽くウェーブのかかった金髪が陽の光をはじく。


「雷の矢でも降ってくれれば面白かったのになぁ」


 残念そうに遠い目をする。


「めったに触れられないから、手にしたなら、一度はやってみたいって思うだろ?」


 その検分好きのおかげで、随分恥ずかしい思いをしたようだが。


「本当の目的は」


 ちらりと司教を見た。


 豪奢な金糸の刺繍を施された法衣に身を包む司教は、ようやく落ち着いたように息を整えていた。


「無理な運動はよろしくない」


「えっ?」


「そこの金髪はあなたの心の臓を案じていたのですよ」


 そこにいる一同が息をのんだ。


「なんと! 貴殿はわしの胸の病をご存知なのか?」


 司教は驚きの顔で私を見る。

 そして続けた。


「そこのエリアスだけには、一度発作を見られてしまったのじゃが……」


 その言葉を聞き、エリアスは司教から目を逸らした。

 

 そして象牙のように白い顔をさらに白くし、こちらを凝視した。


 なぜわかる?


 とも言いたげな顔で。


「そこの金髪は、巷で噂の悪魔をあなたに会わせないために、まず自分が検分せねばと考えた」


「悪魔など……口さがない者たちの噂にございますれば」


 慌てて司教が否定したが、このエリアスと呼ばれた小僧は、私が本物の悪魔かどうか、自分で確かめようとしたのだ。


 つ(・)い(・)で(・)に杖の効力も。


 私は金髪の小僧を凝視する。


 15? 16?

 私より2歳ほど年下か?

 ヴォルフガングと呼ばれた男と同じで、修道士ではなさそうだ。


 ――それ以上は……見えない。


 いつもならリンゴがリンゴである如く、その人となりが手に取るようにわかるのに。


「おかしなヤツ」


 思わず独り言が漏れたが、理解の及ばぬおかしなヤツは、世界に一人や二人はいるのかもしれぬ。


 初対面で杖をぶん回すような奴だ。


「それにしても、なんという慧眼! おそれいりましたぞ。アレクシス殿!」


 司教は私の手をとり、誉めそやした。


 悪魔と言わず、慧眼と評するか?


 自嘲に似た苦笑が漏れる。

 

「なーんだ。知り合いだったのか」


 毒気を抜かれたようなエリアスは、寄りかかっていた石造りの回廊の窓枠からぴょいっと飛び降りた。

 

 そして、無造作に杖を持ち替えると、



「ヴォルフガング!」


 と、青年に向けてひとこと言葉を発してから、杖をぽいっと投げた。


 金とエメラルドがあしらわれた本体は、セイウチの牙という高級品である。

 ただの高級品でなく、超高級品。


 先のバイエルン公が、聖エメラム修道院の司教のために特別にしつらえた逸品であった。


 真っ青になる青年。


 ヴォルフガングと呼ばれた青年は慌てて杖の方に走り寄り、両手でガッチリとキャッチする。


 ホッと安堵の表情を浮かべたのも束の間、


「今日という今日は反省してもらう! グンター管理長を騙《かた》って、よくも俺を呼び出してくれたな!?」


 エリアスの首元を背後から子猫のようにひょいっと摘まみ上げる。


「ちょっ! 放せよ! さっきのを聞いたろ?」

「はぁ!? それとこれとは別だ! それに放したら、また逃げ出すだろ!」


 まるで、いたずら猫に言い聞かせる飼い主のように、手慣れた手つきでエリアスを連行する。


「それでは司教様。俺たちはこれにて」


 エリアスを捕まえたまま、杖を手渡し軽く一礼して身を翻す。


 慌てて司教が声をかける。


「ヴォルフガング。ご苦労であった。エリアスも反省しておる……」


 と言ったが、一瞬間を置き、


「反省しておらんかもしれんが……わしを思ってのことじゃ。叱るのもほどほどにの」


 バレバレだぞ。金髪の小僧。


「大丈夫です。俺の溜まりに溜まった怒りの半分――――いや、その半分も出しませんので」


 何やら黒い笑顔で、にっこりと笑う。


「ひいっ」


 エリアスが息をのむ。


 ヴォルフガングと呼ばれた青年は満面の笑顔を浮かべて、エリアスを引きずり連れていく。


「司教様。たすけてえぇぇ」


 去り行く回廊に声が響いていた気がするが、

 気のせいか……。


 屋外で薬草摘みや畑仕事を続ける修道士たちを見た。

 

 先程と同じく平常運転だ。


 空も抜けるように青い。


 ――――気のせいだったことにしよう。



 ため息を一つ吐いたところで、司教の穏やかな声が耳をかすめた。


「ようこそおいでくださりました。アレクシス殿」


 穏やかだが、私を慧眼と淀みなく言える、食えぬ人物。


「早速、相次ぐ不審死についてお聞きしましょうか……」



 ここは古代ローマから続く、学問、交易、軍事の要所、バイエルンの中心都市、レーゲンスブルク。


 街の最奥に位置するこの聖エメラム修道院は、バイエルンのみならずドイツ全土で最高峰の図書を有する修道院。



 私はここに宮廷から派遣された。

 事件の調査と、そして密命を帯びた探索のため――――――




挿絵(By みてみん)

エリアスです。

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