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第18章 二つの『極』

 何故だろう?


 さっきからアレクシスに冷たい目で見られている気がする。


 もしかして、羊皮紙を作る時の尿の話が相当ショックだったのか?

 

 その後何度も水洗いするから、尿の成分なんて落ちているよ。


 って言おうとしたけど、いきなり僕たちの生活に割り込んできたヤツに、親切に教えてやる義理もないか。

 

 感謝でもすることができたなら、教えてやろう。


 

 マリアさんという爆乳ねぇさんに話を聞き終え、三人で東門まで見送った。


 マリアさんがチョーカーを贈られたことを、なぜ知ってたのか、全くもってわからないままだけど。


 その後、ヴォルフガングと別れ、僕とアレクシスは、工房奥の書庫へと向かった。


 完成版の『アラテア』を見たい気分になったのだ。


 ずっと何かがひっかかっている。


 何だろうこの違和感は……


 僕がラテン語版の『アラテア』を見ている傍で、アレクシスはギリシャ語の原典――――タイトル『現象(パイノメナ)』をさっそく開いた。


 事件の捜査よりも、気になるらしい。


 片手で頬を支えながら、ページをめくっているが、相変わらず絵になるビジュアルだ。

 

 心なしか、羊皮紙の部分を避けてる?

 

 羊皮紙に触れないように、器用な開き方をしている。


 それを目の端に入れながら、僕は、おおぐま座、こぐま座、りゅう座のページを開く。


 ルーカスが描いていたものと同じ構図、同じ色、同じシルエット。


 そのまま写し取ったかのような朝の絵を思い出す。


 やっぱりわからない。


 そして、引っかかると言えば……


 僕は製本で出た羊皮紙の端切れに、疑問点を書き出していく。


 その時、アレクシスがふっと、軽く笑った。


 僕の少ししか読めないギリシャ語で、何が書かれているのか。


「『現象(パイノメナ)』はそんなに面白いか?」


 ちょっと嫌味を込めて聞いた。


 僕の抗議に気が付いたアレクシスは、いきなりギリシャ語を訳し始めた。



「世界の軸だけは揺るぎなく動かない。中心で均衡を保ちながら大地を支え、天空そのものを回転させている」


 僕は慌てて手元の『アラテア』のページを繰る。


 今、僕が見ていた前のページだ。


「その軸の両端が『極』だ。一つは見えない側にあるが、もう一方の極は反対の北側。地平線の遥か上方に存在する」


――――これはラテン語版『アラテア』に載っていない。


 僕が知ってる『アラテア』では、極は一つ。


 鐘楼でアレクシスと見た北の『極』だ。


 それを中心におおぐま座やこぐま座が回っている。


「『現象(パイノメナ)』には北と南に極があって、それを中心に星座が回っていると書かれている」


 アレクシスが解説してくれた。


 一つの極を中心に天蓋のように空が回っているというのはすぐに理解できるが、二つの極を中心に……


 イメージが今一つ湧かない。


 傘のように天がクルクル回っているとばかり思ってたけど、反対側も回ってる?


 天が、ぐるりと僕たちの世界を取り囲んでいるってことなのか?


「僕たちを取り囲む鳥籠みたいな天球が、その軸を中心に回ってるってこと?」


 僕は僕たちを取り囲む、巨大な球をイメージして聞いてみた。


「……さぁな」


 少し間を置いて、アレクシスは答えたが、さぁなとはどういうことだ?


 それ以外に解釈のしようがないじゃないか?


「北の僕たちとは反対の世界にも軸があって、回ってるってことだよね?」


 僕は言い方を変えた。


「そういうことだな」


 こっちには同意か?


「でもさ、それなら反対はどういう風に星が見えるんだ?」


 至極真っ当な質問をした。


 アレクシスは唇に指をあてそのまま黙ってしまった。




――――どれくらい、時間が経っただろう。


 日が西へと傾き始めた。


 アレクシスはふと顔をあげ、僕の存在に気付くと


「まだいたのか?」


 と意外そうに言った。


 随分なご挨拶だな。


「ちょうど考えた疑問を、書き出していたところだ」


 アレクシスは僕の書いたメモを覗き込む。


Ⅰ.何故、間違えたのか

Ⅱ.何故、髪飾りと銀貨の袋を見つけたのか

Ⅲ.何故、マリアだとわかったのか

Ⅳ.それは悪魔の力なのか


「私のことばかりだ」


 ルーカスの調査の疑問だと思っていたのか、少し不満気味に言う。


 そう、全部アレクシスに対する僕の疑問。


「事件の調査は君がしろよ。調査官なんだろ?」


 僕はそっけなく返した。


 正直に言うと、事件の謎を考えようとしたが、気になるのはこの男についての謎ばかりだった。


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