第17章(1) 何人分の尿なんだろう……ね?
アテは――――
ある。
私は東門の前で、昨日のマリアという娘を待った。
東の門は正門と違い、人通りがほとんどない。
すると門の外から独特の刺激臭と腐敗臭が漂ってくる。
ここに来た初日、馬を厩舎に繋ぎに来た時も、微かに匂っていた。
もっとも、その時は門の中だったためか、ここまで匂っていなかったが。
「この匂いは?」
私が問うと、
「ああ、これは羊皮紙を作っている工房からの匂いだよ」
エリアスが門の外にある建物を指さした。
木造の一階建ての簡素なつくりの小屋。
しかし、小屋の脇には水路が完備されており、先ほどから生成りのチュニックを着た男たちが出入りしている。
修道士用の作業エプロンを首からかけた、修道士たちだ。
羊皮紙は読んで字のごとく、羊や山羊、または子牛などの動物の皮から作られる。
門の外に建てられているのは、この匂い対策と、大型の動物を運び込む動線の関係か。
「このツンとくる匂いは、汚れを落とすために、発酵した尿で動物の毛皮を洗ってるからだって」
「尿……?」
「そう、人の尿」
私の目がまた疑いの目になる。このエリアスから聞く言葉は、私の想定をいつも超えている。
「また、疑ってるな。ウド工房長から聞いたから確かだよ。脂分を落とすのにちょうどいいんだって」
「…………」
言葉を見つけられないでいる私を置いて、エリアスは先を続ける。
「そして腐った匂いの方は、石黄と石灰で毛を抜いてるせいって聞いたよ」
「石黄?」
「絵師も使ってる絵の具だよ。石灰と石黄を煮詰めて塗ると、毛が綺麗にとれるとか」
石灰と石黄、物質としては知っている。だが、ユトレヒトの修道院では、ここほど写本が盛んでなかったためか、初めて聞く。
それならば……
私は、修道士たちが入っていった小屋へと歩いて行った。
「待てよ! そっちに行くのかよ!?」
慌てて後をついてくるが、バタバタと騒がしいので、口を結んでおくように身振りで示した。
エリアスは眉間にしわを寄せながらも、口をとがらせて静かになる。
作業の樽などを運び出すため、入り口の扉は開けたままにされている。そのために、小屋の中の様子が丸見えだ。
私たちは通行人のふりをして小屋に近づく。
開け放された窓際の机に置かれた、半分に割られた丸太。
修道士の一人が、羊毛がついた毛皮を、その上に載せた。
毛皮の裏には、先ほどエリアスが言っていた石灰と石黄だろうか? 黄色いペースト状のものが塗られている。
建物から離れた場所でもかなりの悪臭だったが、近づくと腐敗臭と刺激臭の混じった匂いで、咳き込みそうだ。
腐った血や肉の強烈なにおい。
その中で半月形の刃物を持った修道士が、刃先を毛と皮の間に滑り込ませ、すうっと刃を引いていく。
すると、ふやけた毛や表皮が綺麗につるりと剥がれた。
なるほど、毛根が溶かされることにより、簡単に根元から抜ける状態になるのか。
「おおっ!」
エリアスの音にならない声が聞こえた。
隣の机では、別の修道士が素手で、毛皮の裏にペースト状のものをベットリと塗っている。修道士の手は皮膚が固くなっているのか、ごつごつしていた。
首元の湿疹が気になるのか、首をすくめる動作を何度か繰り返している。
次に私は、建物の外へ目をやった。
こちらは、まだ血液や、泥などが付着したままの新しい毛皮のようだ。
洗浄するのか、樽に入った液体に毛皮を漬け込んでいる。
その樽から、尿が発酵することによって発生する強烈な刺激臭が漂っていた。
「これだけの尿を集めようと思ったら、何人分いるんだろうね」
両手を口元に添え、ささやき声でエリアスが言う。
なぜそこが気になる?
そんなことより、もっと気になることはないのか……?
エリアスを見る目が半開きになる。
なるほど……
修道士たちの熟練した技術は称賛に値する。
そして……
私が手にしている本や手紙は尿で洗われていたのか……。
この世には、知らなければよかったという知識はそれなりにある。
多分……。
それを知っても全く動じていないエリアスを、内心、少しばかり見直す。
複雑な気分でいると、木々の向こうから魚とワインを籠に詰めた娘が来た。
三つ編みに花のチョーカー。昨日と同じスタイルだった。
エリアスは「なぜ来ることがわかった?」と不思議がったが……
私はマリアに声をかけた。
だが、聞き取りの前に――――
ある人物がいないとしゃべらないというので、おもむろに召喚した。




