第16章(1) イモ虫!?
「2番目に亡くなったティーロは、主に人物画を描く絵師でした」
朝のミサが終わり、早々と工房に顔を出したベルンハルトから聞き取りをする。
と言っても、僕はアレクシスが聞き取るのを、傍で見ているだけなんだけどね。
「絵師にも種類があるのか?」
僕の方を向いて聞くので、彼らの仕事について補足する。
「ルーカスは主に金や銀で装飾をする装飾師で、ティーロは一番おいしいところを描く主絵師だったんだ」
主絵師はマエストロって呼ばれ、僕の憧れのポジション。
神話の神々や聖獣を、劇的にかっこよく描けたらどんなにいいかって思うよ。
いつかは、僕も……
と思って、密かにペガサスの練習をしたり、絵の具の知識を教えてもらったりしている。
なぜか、僕が絵の話をしたり、練習をしたりすると、邪魔されちゃうんだけどね。
「ルーカスは修道士ではなかったようだが」
そう、修道士になると、みんな頭のてっぺんを剃っちゃうんだけど、ルーカスは剃髪してなかった。
「はい。装飾の腕を見込まれて、若いころからずっと住み込みで働いていたそうです。身寄りもないからここに埋葬されたみたいですけど」
折り目正しく答えるベルンハルトの言葉を聞きながら、ルーカスの作品を思い出す。
本当に彼の描く装飾文様は緻密で美しかった。緻密さのない僕には百年たっても描けそうにない。
英雄や神々なら、頑張れば描けそうな気がするんだけどね。
僕はふとルーカスの机を見やった。
あれ?
さっき僕たちが見ていた『アラテア』がない。
僕は辺りを見回したが、今のところ、この部屋には僕とアレクシス、ベルンハルトしか出入りしていない。
そつのないベルンハルトが片づけたのか?
「新入りのペーターは雑用係でした」
ベルンハルトが、最初に亡くなったペーターについても説明してくれた。
ベルンハルトはよく気が利く優等生なのだ。
「なんでもさぁ、ペーターはオーカーの袋の中で逆さになっていたとか。袋からこんな風に足だけ出してたってさ。ほら、ルーカスの見つかった例の倉庫で」
もぐもぐ何かを食べながらやって来て、いきなり会話に加わったフーゴが、両手を上に広げた格好で言った。
優等生とは程遠い、いつもいい加減そうなフーゴなのに、こんなに早く工房に来るのか。
ちょっとびっくりした。
朝はギリギリに工房に来る僕の知らない世界を覗き見て、なんだか軽くショックをうける。
「オーカーというのは?」
アレクシスが、またこちらを見るので、
「さっき言った、ただ同然の茶色の土だよ」
ちょっと優秀な助手みたいに解説を入れてやる。
「慣れない作業で誤って埋まってしまい、出られなくなったって言われてます」
と、ベルンハルト。
「ティーロは鐘楼から転落と聞いたが」
「ティーロは鐘楼の上から飛び降りたんです。絵の具の袋を抱えて」
「おいら見ちまった。落ちてきた時、中の粉が飛び散って、黄色い花が咲いたみたいだったよ」
フーゴが付け加えたけど、目撃してたとは知らなかった。
「その絵の具は?」
「さぁ? あっという間に飛んで行っちまったよ。だから残ってないけど、そばに金の絵の具を入れる革袋が落ちてたんだってさ」
なんでも聞きたがる僕だけど、仲間が亡くなった話はあえてしなかった。だから知らない話だった。
傍らに落ちてた金の絵の具を入れる革袋って……
「では、イモ虫に思い当たることは?」
はっ!?
「イモ虫?」
「イモ虫?」
ベルンハルトとフーゴが同時に声を上げる。
僕はとんでもなく嫌な予感がした。
「エンジ虫は、赤い顔料に使うと聞いたが、イモ虫は何かに使うのか?」
「なっ! な、な、何でそれをっ!?」
「メモの裏に確か……」
「そ……そ、そ、そんなもの使わないよ!!」
慌てて僕が否定する。
こ、こいつ! 見てたんだ!!!
あの書付の裏。気が付いてすぐに取り返し、うまく隠したつもりなのに! 見られてた!!!!
しかも、イモ虫って!!!
イモ……
芋――――――!!
馬だよ! 馬!!!
しかも、ペガサス……
なんだかちょっと涙が出てきそうだ。
これは絶対に言えないし、僕が描いたってばれちゃいけない……だから宿坊にもこっそり持ち帰ったのに……
「どうした? 顔が真っ赤だぞ」
アレクシスが僕を見るが、最大級の屈辱を受けて、何も言い返せないのが悔しい……
僕が涙目になってるところに、背中からさらに矢が飛んでくる。
「イモ虫って言えば、エリア……」
「あ――っ! 飛び降りた原因ってなんだっけ?」
僕はフーゴの言葉をさえぎって、無理やり話を戻す。
知ってるよ!
絵師たちが僕の馬を芋虫って言ってるのは!!!
ペガサスだよ――っ!




