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幕間 回想:ヴォルフガング、おしゃべり伯爵になる

「大丈夫だ。ユーディト。僕の行くところはここから歩いていける。いつでも教会に来れば会えるよ。だからほら」


「いやいやっ……エリアスお兄さま……いっちゃヤダ」


「そんなに泣いちゃ、可愛い顔が台無しだよ。綺麗な目を見せて」


「お兄さま」


 俺に対する態度とはずいぶん違うじゃねーか……。


「こんなところに居たのか。エリアス。みんな見送りに出てきてくれてるよ」


 声をかけたのは、ガキと同じ金色の髪をした青年。


「ヴォルフガング。どうかエリアスをよろしく頼む」


 エリアスの兄。エーバーハルト。年が近く、何度か剣の手合わせをしたことがある。


「ほら、ユーディト、これ以上エリアスを困らせてはいけないよ」


 そして泣きじゃくる妹は、長兄に抱き上げられた。


 見送る屋敷のエントランスには、他の兄弟も顔を見せていた。


 こいつだけなのか……修道院に送られるのは。


 もしかしたら、俺がたどるかもしれなかった道だ。


 エリアスは庭での態度と違い、借りてきた猫のようにおとなしく皆にあいさつし、屋敷を後にした。



 俺はこのガキ……いや若様を馬に乗せ、手綱を引く。


 屋敷を出て、ぱかぱかと修道院への道を歩くが、全くうんともすんとも言わない。


 わかるぜ。あんな陰気臭くて勉強ばっかやってるような修道院に送られるって、俺でも嫌だからな。


 だが、あまりにも黙っているので、我慢できず、


「お前の妹かわいいな」


 と話しかけてみた。


 すると


「うるさいっ」


 速攻で言葉が飛んでくる。


「うるさいはないだろ」


 振り向こうとすると、


「こっちを向くなっ」


 酷い言われようだ。


 俺だってどうせ護衛するなら、あのお人形さんみたいな幼女の方がよほど……


「お前さぁ、そんなに可愛くねーから、一人だけ修道院にやられるんじゃねーの!?」


「…………」


 ピタリとうるさい攻撃が止んだ。


 俺は言ってしまってから、しまった!と思った。7歳のガキになんてことを! 思わず振り返ると、



「な、な、な、泣いてたのかよ!?」



 その姿を見て、声を上げてしまった。


 馬上のガキは、滝のような涙と鼻水。


 いつから!?



「こっちを向くなって言っただろ!!」


 涙声が返ってきた。


 エリアスは馬の上で、白い長衣の袖で顔を隠す。


 これは俺が悪い。ああ、絶対俺が悪い。


「悪かった! 俺が悪かったから、そう泣くなよ」


「お前は関係ないよ!!」


 可愛くない言葉が飛んできたが、これは本音なんだろう。


 ついさっきの妹に対する大人びた態度を思い出す。


「なんで、正直に言わない?」


「何を?」


 涙をこらえながら聞いてきた。


「自分もさみしい。行きたくないって」


「ユーディトは泣き虫なんだ! 僕が泣いたりしたらもっと悲しむだろ!? 父さまだって、兄さまだって、泣いたりしたら困らせるだけだから……」


「はぁ……」


 面倒なガキだ……。



 俺はエリアスを抱え、馬から下ろした。


「ガキがガキに気ィ使ってんじゃねーよ。泣きたいときは泣けばいいだろ?」


 エリアスは何かを我慢していたようだが、こらえきれなくなって、ぽろぽろと涙をこぼした。


「僕は売られたんだ」


「誰に?」


「お前に」


「はぁ?」


 俺は思わず声を上げた。


 こんなガキ頼まれても買うか!!!!


 仕方ねえな。


「俺も買われたんだがな」


「誰に?」


「お前の親父さん」


「父さまは僕を厄介払いしたかったんだ」


「違うと思うぜ。厄介払いのためにわざわざ破格の金で護衛を雇い、英才教育受けさせるかよ」


「じゃあ、なぜ僕だけ……」


「知らねぇよ。気になるなら聞きゃあいいだろ?」


「聞く?」


「ああ、お前の気持ちも、親父さんの気持ちも、ちゃんと言葉にしないとわからない」


 これは俺のお袋からさんざん言われた言葉。


 そう言えば、こいつにはお袋さんもいないんだったな。


 俺はエリアスの瞳を見る。


「見るなって言ってるだろ? 僕はお前みたいにおしゃべりじゃないんだ! おしゃべり伯爵!」


「おしゃべり伯爵!? いい度胸だ! そう言うなら朝までしゃべり倒してやる」


「は、放せっ! 何するんだっ!?」


 そう言うエリアスを無理やり背負った。その体をよじらせすり抜けようとしたが、十年早いわ!


「そこでずっと聞いてろ」


 俺は、涙で濡れた瞳で鼻をすするそいつに何を言っていいかわからず、適当にずっとずっとしゃべり続けた。


 昔、兄から聞いたハンニバルやカエサルの戦い、グラディウスの剣やピルムの槍の話。


 思いつくまま。


 朝まで。


 ずっと……


 と言いたいとこだが、そこは7歳のガキ。俺の背中でそのうち寝てしまった。


 可愛くないガキだが、放っておけねぇな。


 俺はそうやって、背中で眠るガキと一緒に、この聖エメラム修道院での初めての夜を過ごした。




「何、にやけてるんだ?」


 宿坊の一階でハーブティーを飲む俺に、尋ねる声があった。


「いやあね。昔のお前は可愛かったなぁと思って」


「まるで、今の僕が可愛くないみたいじゃないか……」



 一階の居間の長椅子には、口をとがらせて抗議するエリアスがいる。


 

 面倒なのは相変わらずだけどな……


 俺は蜂蜜たっぷりの焼きたてパンを、ゆっくりほおばる。


 あ――素晴らしい修道院生活。


「なんだよ! 気持ち悪いな。にやにやして……」


 のんきなこんな日々もいいじゃないか。


 俺はすっかり慣れた修道院生活を謳歌して、のどかな昼下がりを過ごしていたのだった。


「そう言えば、グンター管理長がヴォルフガングに聞きたいことがあるって言ってたよ」


 エリアスはハーブティーを飲みながら言った。


「珍しいな……」


「急ぎの用みたいだったから、今から行ってみれば?」


「そうだな」


 黒い悪魔の来訪を知るのは、このすぐ後――――


 秋晴れの心地よい昼下がりだった。




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