幕間 回想:ヴォルフガング、小生意気なガキに出会う
初めてあいつに会ったのは、聖エメラム修道院へ出発する日――――
そう、初めてこの修道院へやって来た日だった。
護衛のため訪れた、屋敷のエントランスで。
待てども待てども降りてこないので、中庭に探しに行くと、そいつはいた。
陽の光に金色の髪が透けて、緑の目がこちらを見た時、俺は一瞬天使にでも遭遇したのかと思った。
だが、初めて見る金色の髪をした子供は、俺を見て言った。
「君が父さまが言ってたヤツ?」
なんか、思っていたのと違うぞ。
やたら態度がでかい。
天使は腕を組んだりしねぇよな。
しかも初対面でヤツときやがった。
「初対面で俺様をヤツ呼ばわりするとはいい度胸だ。俺にはヴォルフガングって名前があるんだ。覚えておけ!」
そう言って、子供の鼻先に人差し指をたてて、しゃがみこもうとした。
すると、近づいた俺の顔をエメラルドの瞳がぎゅっとにらんだ。
そして次の瞬間、
「えいっ!」
蹴り!
蹴りを入れやがった!!
だが、短い!!
7歳のガキの足は俺には短すぎる。
「お前みたいなガキんちょに俺様が蹴れるわけねーだろ!」
俺に飛んできた短い足をむんずと掴み、そのまま上に引き上げる。
「わああああ!」
逆さに掴みあげられ、あられもない悲鳴を上げる。
それで観念するかと思ったら、今度は、放せとばかりに、自由に動く手でポカポカと足を叩こうとする。
「しつけのなってねぇガキだな」
「はっ放せっ!!」
「じゃあお望みどおり」
「うわぁっ」
えらい声を上げたが、余裕で地面に手が届く高さだ。
案の定、ガキは両手を地面につき、くるりと一回転して起き上がった。
なかなか運動能力はよさげなガキだ。
俺は屈んで、そっぽを向いてるガキを見る。
「何がそんなに気に入らない?」
まあ、修道院に預けられるんだ。全部なんだろうが……。
「僕に護衛なんて必要ない! コンラートだけで十分だよ!」
「俺だってガキのお守りはごめんだよ」
「ガキじゃない! エリアスって名前がちゃんとある!!」
伯爵家の五男として末っ子で育ったためか、自分より年下の子供の扱いがわからない。
なのに、7歳になったばかりというこのエリアスというガキ。こいつを守るのが、これからの俺の使命というわけだ。
俺は天下で一番強いヤツを決める武道会……じゃなかった、バイエルン公の御前試合に出場して、なんと15歳で優勝してしまった。
そこで剣の実力をかわれて、俺は買われた。用心棒として。このガキの。
伯爵家の五男坊という微妙な立ち位置の俺は、二つ返事でその話に乗った。
伯爵家であっても五男というのは、将来、長男のように爵位や伯爵領が継げるわけでもない。
次男や三男のようにおこぼれで周辺の領地を与えられるわけでもない。
序列が低すぎて、修道院にでも入って、学問で身を立てるか、武芸で武勲をたて取り立ててもらうしか食べていく道はないのだ。
世知辛い世の中だよ。
そこで俺様は天性の身体能力を活かし、武芸にいそしんだ。
まあ、あれだ、神から与えられた才能ってヤツ?
どうも学問の方は性に合わなかったが、武芸の方はメキメキと頭角を現して、あっという間にチャンピオン。
いやー天才って困っちゃうなぁ。
これから美女でも侍らせながら、あまたの武将を率いて荒野を駆け抜けてみるか?
と有頂天でいたら、いつの間にかスカウトされて修道院でガキのお守り。
修道院。
辛気臭い。
よりにもよって、ラテン語や法学や数学など蕁麻疹が出そうな学問の巣窟で、こんな小生意気なガキのお守り。
だが、俺は気を取り直す。
それくらい破格の条件で雇われているからだ。
日銭に消える銀貨だけでなく、ブドウ園までもらってしまっては、仕方ない。
「親父さんには、別れの挨拶を済ませたのかよ?」
そう言う俺に何も返さないエリアス。
可愛くねぇガキだな!
そこへ
「お兄様。本当に行ってしまうの?」
お人形さんみたいなガキ……いや、それは失礼か、幼女が駆けて来た。
ドレスを翻し、エリアスを見つけるとその首元にぎゅっと抱きついた。
エリアスよりさらに小さい女の子。
「お兄様、いっちゃいや……」
そう言うと、ぽろぽろと美しい瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
妹か?




