第12章 『告白』
画材倉庫の棚の奥から出てきたのは、布に包まれた干し肉とワイン、そして花の細工がされた髪飾り。
僕はそれを机の羊皮紙の隣に並べた。
本来、修道士に個人的な持ち物はない。
すべては神に帰するものだから……昨夜僕が拝借した修道士服すら厳密には修道士個人のものではない。
だけどこれは、修道士がこっそり私物として隠し持っていたということ。
修道士でない僕からしたら、キツイこと言わずもうちょっと大目に見てやれよ、と思うんだけどね。
ただ、いただけないのが、最後に出てきたヤツ。
銀貨の詰まった袋。
僕は嫌そうに袋の中身を確かめた。
ぎっしりこれでもかというくらい、銀貨が詰まっている。
修道士がアルバイトするくらいじゃ一生稼げない銀貨。
ヴォルフガングは何て言ってたか……
僕は工房でのやり取りを思い出す。
『金銭のもつれによる殺害!』
「……はぁ」
思わずため息が出た。
こんなのもう、犯罪の匂いしかしないじゃないか……
ヴォルフガングといえば、結局部屋に入ることなく、そそくさと宿坊に先に帰っていった。なんでも魔よけの結界が必要とか何とか言って。
ついでに、「悪魔の事件絡みのアイテムを宿坊へ持って帰ってくるな」と、持ち込み禁止を言い渡されてしまった。
「一味は窓から侵入して、何かを持ち去ろうとしたんだろう。ただ私たちが来たので、すべて回収できず慌てて部屋を出た。この羊皮紙はそのうちの一つかもしれぬ」
アレクシスが窓の外を見ながら言う。
「なるほど」
だから窓が開いていたのか。
高い原料が置いてある部屋なのに、不用心だなと思ったけど。
そして、この羊皮紙。
この書付がこの修道院のもので、ヤツ等の物でないことは明白だ。
だってこの羊皮紙の裏には、僕が練習書きした馬のペン画がある。
さっきアレクシスに羊皮紙を投げて渡したときに気が付いた。
それにしても我ながら、ちょっとひどい絵だ。
久しぶりに見たら、なんというか、蝶とか蛾の幼虫か? と一瞬思っちゃったよ。
一瞬、ほんの一瞬だけだけどね。
アレクシスには絶対に羊皮紙の裏を見せてはいけない。
これはもう、写本師としてのプライドに関わる問題だ。
慌てて取り戻したけど、アレクシスは何も気付いてないようだ。グッジョブ! 自分!!
羊皮紙は確保したからいいとして……
「僕たちと同じように、人のいない時間を見計らったのか……」
そう言いながら僕は机の上の物品を見た。
そして、ヴォルフガングの言いつけどおり、髪飾りやワインや干し肉をもとの棚に戻すことにした。
銀貨の袋はその辺に置いておけないからどうしようかと思っていたら、アレクシスがグンター様に預けてくれるとか。
僕と違ってあれこれ聞かれないだろう。いいよなぁ。調査官様は。
アレクシスはその後、言葉を続けず、そのまま窓の外を見ている。
僕が棚に髪飾りやワイン、干し肉をしまって戻ってくると、
「……相棒のように怖がらないのか?」
唐突に問われた。
「何を?」
「私のことをだ」
アレクシスはこちらを見ずに言った。
相変わらず、顔は窓の外を見ていて、感情は読み取れない。
黒い予言の悪魔。
街の噂ではそう呼ばれているらしい。さっきのマリアと名乗る女性が言っていた。
正直に言えば怖くはない。
なんの根拠もないけど、彼からは邪悪さを感じない。
ただそんな答えを求めてるとは思えなくて、僕の疑問をぶつけた。
「神は予言を外さない。だが、悪魔は予言を外すのか?」
「なに?」
質問の答えになっていない問いに、アレクシスは意味を計りかねているようだった。
「二度だ」
「?」
「二度、君は予言を外している」
僕の言葉にアレクシスは虚をつかれたようにこちらを見た。
「確かに君の予言は驚異的な的中率だよ。司教様の病気やヴォルフガングの名前や出自、普通の人には当てられない。人ならざる力に見える」
僕はまっすぐに彼を見返した。そして言葉をつづける。
「からくりじゃなければね」
それは僕が最初に思いついた仮説のうちの一つ。
敢えて言った言葉に、彼の瞳は揺るがなかった。
黒曜石のように黒く深い瞳。
見つめると吸い込まれそうな不可思議な誘惑を感じる。
しかし、その奥には邪悪さも、野心も、狡猾さも感じ取れない。
ただ、透き通るようで、凛とした清廉な佇まいを感じる。
それ自体、僕を惑わせる悪魔の罠なんだろうか?
「人ならばからくりで、からくりでなければ人ならざる者ということか。ロクな二択じゃないな」
微かに笑い、視線を僕から外す。それはあきらめにも似たつぶやきに聞こえた。
「そうとばかりは限らないよ。人というものは正しくものを見ない。当たったことだけを強烈に記憶し、都合よく現実を改変する」
二度目がなければ、僕も当たりだけに目を奪われていた。
そしてこの男と一日足らず過ごして浮かんだ考え。
「説明できない力を、悪魔の力と名付けてしまえば魔力となり、からくりと名付ければ詐術になる。警告は呪いにも、妄言にもなる」
アレクシスは再び僕を見る。
ある本の一節がふと僕の口をついて出た。
「『この世には過去も未来もない。あるのは今だけ。今を起点に過ぎたものを過去と呼び、これから来るものを未来と呼ぶ』」
「アウグスティヌスの『告白』に出てくる時間論か?」
そうだ。
今この瞬間は確かに存在するが、未来はまだ来ていないものだから存在しない。過去もすでに過ぎ去ったものだから、存在しない。
時間というものは、物理現象など外的に他人から与えられるものではなく、自らの心の中にあるという。
ならば、世界も同じようなものではないか?
「存在しないものに名をつける。その時初めてこの世に存在が生まれるんじゃないのか?」
「勝手に名付けて、それが真実とでも……?」
微かに、彼の声が震えた気がした。
「君が知りたいのは、それらしく聞こえる他人の世界の真実じゃなく、君自身の世界の真実じゃないのか?」
唯一無二の、いまだ言葉を与えられていない、真実。
アレクシスは僕の答えを聞き、僕の瞳をじっと見つめた。
そしてしばらく沈黙していたが、
「……そうだな」
わずかに笑みを浮かべて、そう呟いた。
なぜ一度目を外したのか。
永遠に聞けない問い。
この男を前にすると、その真実を知りたい誘惑に駆られる。
それを振り払うように、僕は再び羊皮紙に目を落とした。




