第11章(1) マリア姉さん登場
この娘は、いつまでしゃべっているのだ?
マリアと名乗る娘は暴漢に襲われた際、ヴォルフガングに救われたらしい。
極度の緊張を経験したためか、興奮冷めやらない様子だ。
一階の画材倉庫の調査をしていた私は、不意に誰かに呼ばれた気がして、建物の外へ出た。
するとそこには、娘の扱いに困ったヴォルフガングがいた。
エリアスに案内してもらい、私は修道院内にある井戸の傍にその娘を座らせた。
その間も、娘は事の詳細を雪崩のようなドイツ語で喋り続けている。
年の頃は20といったところか。
ブラウンの大きな瞳と、赤みがかった意志の強そうな眉が印象的だ。
「そこのヴォルフガング様は私を少女と言ったけど、年は二十歳だからお嬢さんと呼んでほしいわ!」
どうやら、ヴォルフガングに成人女性をアピールしたい模様だ。
エリアスは、見張りはどうしたんだよ? とばかりにヴォルフガングをチラッと睨んでいる。
ヴォルフガングも見張りを放り出した自覚はあるらしく、明後日の方角を見ていたが、ごまかすように井戸の水を汲んだ。
そしてその水を娘の手に注いでやる。
だが、その動作がどこかぎこちない。
気が付くと、首元のチョーカーの下、開いた白いブラウスの胸元から、かなり豊かな胸の谷間が見える。
ヴォルフガングは水を注ぎながら、目線を彷徨わせ、同時にエリアスの方をチラっと見る。
油断ならないヤツの視線が気になるらしい。
どこを見たらいいかわからず、視線が泳ぎまくっている。
完全に挙動不審者だ。
「毎朝来てるのにこんなこと初めてだわ! もう! すごかったの!! ヴォルフガング様が、私を襲う男たちをバタバタと蹴り倒したのよ! かっこよかったのなんのって!」
娘は注がれた水を飲み、喉を潤すとさらにしゃべり続けた。
ヴォルフガングの挙動不審は全く気にならない様子だ。
「ヴォルフガング様! うちはレーゲンスブルクでも一番と評判の料理屋なの。今度ぜひ来て! 父さんと母さんにも紹介するから!!」
『!』の多い娘だ。
マリアはいきなりヴォルフガングの腕をグイっと引き寄せ、その大きな胸を押し付けた。
むぎゅっと。
ヴォルフガングはとっさのことに、
「ひゃっ!」
などと、おかしな声を上げ、固まっている。
一応五男とはいえ、伯爵家出身の自覚はあるらしく、鼻の下を伸ばさないヴォルフガングをある意味少し見直した。
計算高い女性に少々うんざりしながら、もう一方、ヴォルフガングの逆サイドを見て、驚愕する。
ヴォルフガングより女の罠に引っかかっているヤツがいた。
エリアス――――
娘の胸をガン見している。
おまえ……
いくら修道院で育ったからって、それはないぞ。
間抜けな男が騙されるお手本みたいなヤツだな。
ため息が出そうだったので、
「ヴォルフガング、今度その店に行ってやれ。エリアスと一緒に」
そう言うと、娘はヴォルフガングの腕を掴みながら、弾かれたようにこちらを見た。
「あなた! 街で噂の『黒い予言の悪魔』ね! たまには、いいこと言うじゃない!」
たまには……?
聞くとまた飲み込まれそうな勢いのドイツ語が襲ってくる気がして、早々に話をつけて娘を帰した。
さて、本題に入ろうじゃないか。
◇◆◇
さすがに修道士たちがうろつく井戸の傍で話す内容ではないので、場所を移す。
その道中。
あれだけ大人しかったヴォルフガングが、マリアが憑依したのかと思うほど話し始める。
男たちが使った矢は、鎧を貫通する威力を持つボドキンという特殊な矢だったようだ。
「こいつは北の方でよく使われるんだ。主にバイキングなんだろうが、他にもイングランドや、最近ではここドイツでもライン川あたりで使われている。最先端の矢だぞ!」
私はヴォルフガングが差し出したボドキンという矢を手に取って見た。
なるほど。かなり特徴的な矢だ。
通常の矢じりは返しがついていたり、木の葉のような形だったりして横幅が広い。
だが、このボドキンという矢はキリのように返しもなく、針のような形をしている。
「こんな風に矢じりが小さいから飛んでいくときに、ヒュンって勢いよく飛ぶし、針みたいに細いから、ドンっと刺さった時、ブスッと、とんでもなく深く刺さる」
確かに、空気抵抗が少ないので速く飛び、接触面が最小だから圧力が一点に集中するのだろう。
エリアスは「へぇ――――」と眠そうな目でヴォルフガングの話を聞いているのか、聞いていないのかわからない。
しかしヴォルフガングのドイツ語のテンションはますます上がっていく。
「おい、エリアス! しっかり聞いてろよ」
「はいはい」
と言いながら、やはり眠そうな声で相槌をうつエリアス。
「しかもこのボドキン、なんで鉄でできた鎖帷子を貫通するか知ってるか?」
「知ってるわけないだろ」
「こいつはツルっと滑るんだ」
「ツルっ?」
「そう! 幅広の矢だと、バキッと鎖に当たるが、こいつはツルっとすり抜けてブスッだ!!」
「……はいはい。バキッ、ツルっ、ブスッね。ブスッ」
オウム返しに相槌をうつエリアス。
つまり、戦闘に特化した矢を使う者たちということか……
「じゃあ、次になんで俺様が、このボドキンを打ち落とせたか。俺様の日々の訓練の……」
そこまで話したところで、
「わかった。あとはこのルーカスが見つかった倉庫で聞こう」
エリアスが、写本工房下の一階の画材倉庫を指差す。
ちょうど画材倉庫のある棟に着いたのだった。
「あ、いや、俺は……」
先程まで饒舌だったヴォルフガングの歯切れがいきなり悪くなる。
「あっ、ちょっと用事を思い出した……」
そこに間髪をいれずとんでくるエリアスの声。
「用事はいいから、拾ったものを置いて行けよ」
そう言われてヴォルフガングは、手に持っていた羊皮紙の束をエリアスに渡す。
「羊皮紙!?」
エリアスはその束をペラペラとめくっている。
さらに、ヴォルフガングはどこからともなく円形の金属を取り出して、
「こっちの方が拾い物かな?」
ピンッ。
と親指の先で弾く。
ヴォルフガングに弾かれたそれは、回転しながら私の方へと正確に飛んでくる。
パシリと受け取った円形の金属は、葉薊の文様が入った、マントを留めるブローチだった。
ブローチを裏返すと、留め金が引っ張られた衝撃で壊れている。
「この文様は……」




