第10章 覚醒? ヴォルフガング
秋晴れのどこまでも澄んだ高い空。
高く青い上空をアカトビが風に乗ってゆったりと旋回している。
いや――のどかだな――……
ってか、俺は何をやってるんだ?
見張りを頼まれたが、今はルーカスの追悼ミサ中だ。誰も来るわけねぇだろ……。
暇にまかせ、エリアス達が入っていった部屋の前で窓の外を眺めていると、秋の風とともに
フィ――――
空気を震わせる、かすかな振動が俺の鼓膜に届いた。
ふぃ――――?
どこかで聞いた気が……
昨夜聞いた悪魔の笛……?
「ひぃ――っ」
昨夜のことを思い出し、慌てて俺は耳を両手で塞ぐ。
なぜ、こんな昼間に!?
俺の幻聴か!?
俺は辺りを見回した。
修道院の写本工房の一階。
階段の奥には、ルーカスの発見された倉庫の入り口が禍々しく口をあけている。
まるで異界へと繋がるゲートのように。
中には悪魔がいる。
やはりここは呪われた場所なんだ。
ここにいちゃいけない!
俺は胸の十字架を固く握りしめ、慌てて建物の外に走り出た。
外に出ると、空は高く、空気は澄んで――
どこまでも空の奥を見通せそうな日だった。
その時だ。
何かが……
いる。
こめかみにじわりと汗が滲む。
夜に続いて、まただ。
俺は眉間にしわを寄せたまま、強く目を瞑った。
気のせいであってくれと祈るが、気のせいなんかじゃない……
確実にいる。
はっきりとした気配がする。
俺は今にも泣きたい気分になった。
すぐにでも逃げ出したいが、不用意に逃げ出せば背後から襲われかねない。
確実に逃げ出せるよう、全神経を集中させる。
そっちに神経集中させるのは、本当に、本当に、ほんと――――に、嫌だけど……
目を閉じ全神経集中の呪文を唱える。
悪霊退散! 悪霊退散! 悪霊退散!!
心頭滅却すればまた火も寒し!!
カッ!!
と閉じた目を見開き、
「そこだ!」
俺のやや斜め後方、そこに気配を感じる。
振り向きざま
ヒュンッ
という風切り音を耳がとらえる。
俺は、とっさに剣を抜き、飛んでくるものを叩き落とした。
カキ――ンンッ
音を立てて地面に叩き落とされたそれは、羽根のついた細長い矢だった。
矢!?
この細い矢には見覚えがある。
ただの矢でなく、鎧を貫通するといわれるボドキンと呼ばれる強力な矢。
「悪魔がボドキンなんか使うかよ!!」
俺は叩き落とした返す刀で、次に飛んできた矢も弾き飛ばす。
そしてその勢いのまま相手の方へと突進する。
矢の攻撃が効かないと理解したのか、慌てて逃げの態勢に入る射手。
その先には、先に逃げようとしている二人組がいた。
「おせぇんだよ!」
そう言った時にはもう、俺は相手を間合いに捉え、矢を放った男のマントの裾を捕まえていた。
そしてマントを絡めとり、引きずり寄せる。
胸元につけていた留め金が弾け飛び、マントが胸元ではだけ、奥に隠していた何かが、バサリっと落ちた。
先に逃げようとしていた他の二人が、振り返り剣を抜こうとした。相手は三人。
「殴れる相手なら、怖くねぇんだよ!!」
相手が剣を抜くより早く、奥のヤツの胸、もう一人の腹、そして手前のヤツの側頭部に強烈な蹴りをお見舞いする。
「な、殴って…ない……」
側頭部に蹴りをくらったヤツが倒れかけたが、残りの二人に助け起こされ、それでもよろよろと逃げようとする。
「逃すかよ!」
さらに追いかけようとしたところ、前方にまたもや人の気配が。
まずいっ!
教会への参拝者だろうか?
生成りの衣に赤い上衣を重ね、茜色の髪を三つ編みに垂らした少女がのこのこ歩いている。
「に、逃げろ!」
そう叫ぶが、矢を放ったヤツが先に少女に駆け寄り、その腕を捕まえ無理やり引き寄せる。
少女の持っていた籠がはじけ飛んだ。
「きゃぁっ」
矢を放った男は、引き寄せた少女を後ろ手に捕らえ、もう一人の男が三つ編みをわし掴みにし、喉元に剣の先を突きつけた。
年の頃16、17の少女は、剣を白い喉元に当てられ、顔面が恐怖で真っ青になっていた。
「この娘がどうなってもいいのか?」
「…ッ!」
俺は心の中で舌を打つ。人質を取られてしまってはどうすることもできない。
俺はこれ以上何もしないというように、剣を手放し両手を上げた。
瞬間――――
ドンっ!
男達は少女を突き飛ばした。
そして、少女が倒れる一瞬の隙をついて、三人は駆け出す。
「きゃぁぁっ」
俺は地面に勢いよく倒れ込みそうな少女を寸前で抱き止め、逃げてゆく三人の背中を見送った。




