09. 双子の兄は現実を憂う
王国の辺境にあるこの小さな土地は、魔物の出現率が異常に高い。
代々の王族が頭を抱えるこの土地を治めているのが、初代聖女の末裔——ルーチェ一族だ。
この領地、ほんとにちょっと特殊でね。
住民の大半が傭兵とその家族。
「凄腕の傭兵は辺境に流れていく」なんて話を聞いたことがあるけど、正しくは「辺境に留まれる傭兵が凄腕」なんだ。
一攫千金を夢見てやってくる者は多いけれど、実際にこの地で生き残り生計を立てられるのはほんの一握り。
だって、ルーチェ領に出る魔物は、王都の騎士団が丸々一部隊でかからないと倒せないレベルなんだよ?
それを領民である傭兵たちが何とかしてしまうんだから、もう規格外。
もちろん、誉め言葉。
とにかく、ルーチェの民が命懸けで魔物の侵入を食い止めてくれるおかげで、王都の平和は今日も保たれている。
ルーチェの人間には、宝石眼のほかに、希少とされる光の加護持ちを生み出す可能性がある、という特色がある。
火・水・風・土の加護は血筋である程度決まるけど、光と闇の加護だけは完全に突然変異。
だから、ルーチェと交われば、光の子を得られる可能性が高まる——という事実は、王族にとっては歓喜の種だった。
でも、それが落胆に変わるのは早かった。
初代聖女が安住の地にして終の地に選んだこの辺境を離れてしまったルーチェの人間は、その例外だったんだ。
証拠に、この辺境から離れていったルーチェの人間が、光の加護を持つ我が子を抱いたという記録は、一切残っていない。
この土地に何か秘密があるのか——初代聖女様の時代から今日まで、すべてが謎のまま。
あ、落胆したのは王家だけね。
代々の王家が、民意を得やすい光の加護持ちであり、初代聖女の末裔という付加価値を狙ってルーチェと縁を結びたがるのは事実。
この世界では、心身を癒す魔法って光魔法しかないんだよね。
その手の能力が重宝されるのは、乙女ゲーあるあるってことで。
もちろん、診療所はちゃんとあるし、医師もいる。
でも、ほら、こういうところってそれなりに混み合うんだよね。
こればっかりは、前の世界と一緒。
当然、平民も利用するわけで……そういうのを嫌うお貴族サマが一定数いる。
そういう気位の高い方や、怪我の治癒に即効性を求める騎士様たちが利用するのが神殿。
神官様のお祈りで、怪我や体調不良をたちまち治していただく! ってやつ。
ぶっちゃけ、光の加護持ちの神官様が、怪我には≪光癒≫、体調不良や状態異常には≪光浄≫をかけてるだけなんだけどね。
ルーチェでは討伐を終えた傭兵たちに無償でやってることが、王都ではお貴族サマに“お気持ち”を包ませてるって知ったときの衝撃といったら!
辺境に来たばかりの傭兵が目を剥いてたもん。
結構な大怪我で骨までイッてたのに、魔法をかけようとしたら全力で拒否してくるんだよ。
あのときは何事かと思ったなぁ……
「すんません! すんません、坊ちゃん! 勘弁してくだせぇ! オレにはそんな金ないんッス! もうこの身体しか、内臓売るしか——!」
「え、そうなの? じゃあお金貯めなきゃね。貴方いい腕してるし、もっと働いてもらうから。ちゃんと治そうねー」
「う、ぎゃあぁあぁぁぁあぁあぁ——! 母ちゃんごめん! オレ、もうここで死ぬまで搾り取られるしか——っ!!」
……今思うと、あの会話、微妙に噛み合ってた……? 怖い方向で。
そりゃ他の傭兵たちがお腹を抱えて大笑いするわけだよ。
ちなみに、白目剥いてその場で倒れた彼。
危険な討伐を頑張ってくれた傭兵たちの傷を癒すっていう当然のことに、えらく感動してくれて。
結局、そのまま辺境に定住した。
お母さんを呼び寄せて、同じ傭兵の女性と結ばれて——春には赤ちゃんが生まれるんだって。
この間、緩みまくった笑顔でしっかり惚気てくれた。
——おっと、脱線。
ってなわけで、ルーチェ以外の光の加護持ちは、ほとんど神殿に囲われてるのが現状。
一時期ルーチェにも、神殿から熱心な勧誘があったらしい。
でも、当主だった父さんが「一度の治癒魔法にいくらもらってんだ?」を貴族用語で塗り固めた書面を送ったら、一切の音沙汰がなくなったって聞いてる。
え? 王家なら辺境伯に命ぜれば済むだろうって?
それがね、そうはいかないんだな。
王家からの申し出を断る権利を持つ貴族なんて、この王国でルーチェの他にいない。
王国の一貴族って形はとってるけど、ルーチェは王家の決定に物申すことを許されてる唯一の一族。
そもそもこの爵位自体、王家に無理やり授爵させられたようなものでさ。
いつ自分たちと縁を持ってもいいように——っていう思惑。
だから、ルーチェの人間は爵位に興味がないんだ。
まぁ、任された以上、領民の幸せには心を砕いてるけどね。
そうそう、ルーチェと王家に関わるお伽噺があるんだ。
昔、ルーチェを組み伏せようとした王がいたらしい。
両者の関係が最悪な時期に、王都を魔物が襲ったという事件が起きた。
辺境をルーチェが守護するように、王都には騎士団、魔塔、神殿といった守りの要がある。
その力をもってすれば魔物なんて敵じゃないはずだった——のに。
初動が悪かったのか、結界で守られてるはずの王城にまで攻撃が及ぶ大惨事になった。
命の危険が迫る中、王家はルーチェへ救護要請を出した。
それに応じてルーチェが王都の魔物を制圧したのは、当時権力を握っていた王族たちが魔物に食い散らかされた翌日のことだったという。
王都の悲劇として今も記録に残ってるこの出来事は、王家にとってはタブー。
でも、ルーチェの不興を買った統治者は骨さえ残せない——という逸話は、今代の王にまで脈々と伝承されている。
“ののの”では、こんなドロドロした設定、もちろんなかった。
王太子を攻略したら、卒業式で結ばれてハッピーエンド。
……プレイヤーの時から「王太子妃教育とかどうすんだろ」とは思ってたけどね。
王太子と聖女の末裔の婚約……
実際に殿下とカルミアが結ばれるとしたら……いや、やっぱり無理だよ。
ゲームのカルミア、というか、ヒロインは応援したよ?
彼女を通して恋愛するゲームだったわけだし、ゲームの彼女はひたむきで可愛かったし。
……でも、今の自分はそのヒロインの人となりを知ってしまっているわけだ。
ほら、アレだよ——ずっと推してたアイドルの爛れた私生活を知っちゃったせいで推せなくなっちゃった、ファンの心境!
我儘自己中な今のままじゃ、国母なんて務まらないよ。
……でも。
殿下がどうしてもカルミアを望むのなら……応援するかも、だけど。
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