08. 双子の兄はヒロインにバグを疑う
ルーチェの屋敷は、一般的なお貴族サマと比べるとかなり質素だ。
……と言っても、この世界の基準でね。
俺からしたら、十分城だよ、城。
使用人も少なくて王都のお貴族サマ方には嘲笑われているっぽいけど、うちは少人数精鋭。
屋敷内は常に快適だし、家人と使用人の仲も大変良好。
全くもって、問題なし。
ちなみにこの世界、時代背景的なものは、いわゆる乙女ゲームの曖昧さ。
貴族制度とかあるわりには、西洋ベースってわけでもないし。
根本的に適当なご都合主義の“ののの”ワールドのおかげで、上水道設備やらごみ処理施設やら、生活面は完璧に整っている。
……いや、仕組みとか細かいところは分かんないんだけどね。
ハイテクかと思ったら魔石で動いてる、とかもあるし。
チョコレートもマヨも石鹸も既にあるから、こっち方面の転生チートは期待薄です。
まぁ、作り方知らないんだけどね。
「なーにフラフラしてんだよ」
「うわっ!?」
屋敷内を聖地巡礼しつつ、いろいろと物思いに耽っていたら後ろから髪を掻き乱された。
いや、“ののの”にヒロインの実家描写はないから、厳密には聖地ではないんだけどね。
振り返ると思った通り、蒼穹の瞳が俺を見て口角を上げている。
ドレスが可愛らしい女の子と違って、この世界の男性服のレパートリーはやや寂しい。
シンプルな長袖シャツにベストと揃いの細身のパンツ、磨き込まれた革靴。
大体がこんなカンジだ。
兄さんの場合はいつもそこにループタイをつけていて、カチッとした印象を受ける。
こんだけ美人なら何を着ても似合うよなぁ。
……え、俺?
俺も、長袖シャツにベスト、兄さんとお揃いのループタイ……だよ?
……え、足元?
…………ショートパンツに、ニーハイソックスを靴下留めで留めて、厚底のショートブーツ。
………………なんで?
なんか……俺のクローゼットの中、このタイプの服しかなかったんだけど。
今まで疑問にも思わなかった、大いなる疑問だよ。
「あんまりぼーっとしてっと、また階段から落ちるぞ」
クスクスと笑う兄さんは、父さんの執務室へと向かう途中なのだろう。
長期休暇のたびに帰郷しては、父さんについて熱心に学んでいた。
成人前ではあれど既に領民に存在を認知されていて、人望だってある。
……ちょっと口は悪いけどね。
ツンデレなところもあるし。
「時間が空いたら俺のこともかまってよ」
「はぁ? お前とは王都で飽きるほど顔合わせてんだろうが」
「あっちはあっち、こっちはこっち!」
腕にしがみつき、甘えてみせる。
こっちに来てからの兄さんは父さんとヴェルクばかりで、ちょっと面白くないのだ。
「……ったく、面倒くせぇな。……時間が空いたらつき合ってやっから、大人しくしてろ。間違っても階段から落ちんじゃねーぞ」
呆れたような表情で溜め息を吐くと、さっさと執務室へと姿を消してしまう。
……何だかんだで、俺にも甘いんだよね、兄さんは。
氷結の貴公子だけあって、基本的に兄さんは冷淡だ。
王族であろうと高位貴族相手であろうと、決して膝を折ることはしない。
だけど自分が認め、尊敬する相手であれば、それが平民であろうと関係なく敬意を示す。
典型的なルーチェの人間だ。
……まぁ、俺も人のこと言えないんだけどね。
大きな違いと言えば、兄さんは軽く口角を上げる程度なのに対して、俺はとりあえず微笑んどくってところくらい?
「あー! ルナちゃんみっけ! ぼくのレディ、独りでいたら駄目でしょ!」
廊下の角から飛び出してきたヴェルクが、文字通り飛びついてくる。
正面から抱き留めると、両腕がぎゅーっと腹へと回ってきた。
どうやら騎士様ごっこはまだ継続中のようだ。
「も、申し訳、ありま……せ、っ!」
後ろからゼィゼィ息を切らしたメイド、メアリが追いかけてくる。
うんうん、4歳児の足ってなかなか速いもんね。
「大丈夫だよメアリ、お疲れさまだね」
汗だくの真っ赤な顔で笑みを浮かべるメアリには、後で何か甘いものでも差し入れしておこう。
「ねぇねぇルナちゃん、一緒に遊ぼう! お散歩してご本読んで、一緒にお昼寝しよう!」
「わぁ、それは魅力的なお誘いだね。……でもヴェルク、今日は先生はいらっしゃらないの?」
ちらっとメアリに目を向ければ、水飲み鳥のように頷いている。
王国において、義務付けられている教育期間は15歳からの3年間のみ。
とはいえ、大体の家門は教師を雇い、それまでの期間に備えているのが、現状だ。
ルーチェもご多分に漏れず、このくらいの年代から魔法の基礎である魔力のコントロール方法や魔法以外のアレコレを学んでいた。
……魔法以外は適当に流してたんだけどさ。
ヴェルクも自分で分かっているのだろう、サクランボ色の唇がむぅと尖った。
「でも、だってルナちゃんがぁ」
「俺はまだもう少しこっちにいられるよ。だから、ちゃんとお勉強が終わってから遊ぼう。そうだ、終わったら一緒にお菓子を食べようか」
「お菓子!」
パァッとヴェルクの表情が明るくなる。
「ぼく、チョコチップのクッキー! あとね、ルナちゃんには菫のお砂糖漬けとマカロンでしょ? あとはねぇ」
「お二人とも、廊下ではしゃがないでください」
ヒールの音とともに現れたカルミアの尖った声。
ヴェルクの身体がビクリと大きく跳ね、俺の身体にしがみつく。
「ごめんごめん。久々に帰れたから浮かれてるのかも」
あながち、嘘じゃないしね。
そんな俺の言葉に、カルミアは心底信じられないといった表情を浮かべる。
「ここのどこがそんなにいいんですか? ルナお兄様もソルお兄様も、せっかくの王都からこんなド田舎にお戻りになるなんて……私には理解できません。本当に物好きですこと」
……容姿はゲームそのまま、なんだけどなぁ。
なんというか、ヒロインの初々しい純朴さが感じられないんだよね。
「早く王都に行きたいです……こんな辺鄙なところ、もう願い下げよ」
……うん。コレジャナイ感が、半端ない。
「……お前ってさ、」
「はい?」
「王都行ったら、流行りを全部盛りしそうだよね」
「……は?」
せっかく貴族令嬢の猿真似をして、扇で口元を押さえているのに。
大口を開ける時にずらしてしまっては、意味がないのではないだろうか。
「あ、ごめん。言葉の選択がよくなかったね。……最先端って言葉に踊りまくっていいカモにされそう、というか……あれ、これも駄目かな」
「……はぁ?」
カルミアの不穏な声音に、俺の手を握るヴェルクの手に力がこもる。
「あ、えっと……お前が言うド田舎のここでもお洒落だからさ。流行の最先端が最短で移り変わる王都になんて行ったら、歯止め効かなくなりそうだなって思ったんだよ」
「それはお小言ですか?」
「いや、そんなつもりなくて。だってほら、いつもドレスとかこだわってるでしょ? 凝り性は大変だなって思ってさ。その生地もレースもリボンも宝石も、全部色味が違うのに総じてピンク一択のドレス、よく似合ってるよ。まるでピンクの湖から這い出てきた妖精みたいだ」
「よく聞くと微妙に褒めてないじゃない!」
え、妖精なのに?
あ、天使の方がよかったってこと?
「そっか、年頃のレディは難しいね。あぁそうだ、俺、ヴェルクを応接室まで送って行くところだったんだ」
俺の言葉に、カルミアの表情が一瞬「ヤベッ!」てなる。
そんなカルミアに、にっこりと微笑んでやる。
「ヴェルクに先生がいらっしゃってるってことは、カルミアも今日はお勉強の日だよね? サボりはよくないと思うよ?」
隙のないピンクのドレスと、同じ色のリボンで可愛らしく結い上げられた髪。
……どう見ても、今から外出する気満々だよね?
メアリを見やれば、困ったように頷く。
そんな彼女を一睨みすると、今度は俺を正面から睨みつけてくる。
「……ほんっと、ウザ」
……いや、怖いから。
独り言のつもりかもしれないけど、バッチリ聞こえたし。
こちらを振り向きもせずに立ち去っていくカルミアを、呆然と見送ってしまう。
……ねぇ、あの子、本当に“ののの”のカルミアなの?
カルミアってヒロインだけあって、なんて言うか……プレイしていて、若干イラつくくらいの良い子ちゃんなんだよね。
優しくてお人好しで正義感が強くて、正に聖女の末裔! ってキャラクター。
今のカルミアからは、全然そんな感じがしないんだよねぇ……
……あ、もしかして。
ただ単に、俺が嫌われてるってだけ?
だったら——それはもう、どうにもならないか。
「……ルナちゃん」
「あぁ、ごめんねヴェルク。さぁ、先生が待ってるよ」
どこか不安げなヴェルクを抱き上げると、その顔にようやく笑顔が戻る。
……うん、ヒロインはヴェルクの方がいいんじゃないかな。
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