07. 双子の兄と家族事情
部屋に差し込む陽光で目が覚めた。
天蓋から垂れる薄絹が、朝日に透けて金色にきらめいている。
目に入る情報はやはりキラキラ(物理)していて、昨日と何も変わらない。
だけど、あれほど鮮烈だった違和感は、今はもう跡形もなく消え去っている。
いつもと同じ、日常に馴染んだ光景だ。
ふわふわのベッドの中、ぺったりと寄り添う子供体温に頬が緩んだ。
◇◇◇
「やぁだ! ぼくはルナちゃんと一緒にいるのー!」
「しかしヴェルク、それではルナリアがゆっくり休めないだろう?」
自室に戻るよう促されたヴェルクは、俺にしがみついたまま、頑として俺と一緒に寝ると言い張った。
……はて、記憶の中のヴェルクはこんなに俺に懐いていただろうか?
確かに、普段から年の離れた弟を可愛がってはいたけれども。
「おいチビ、ルナが困ってんだろ」
「だって! ぼくは、ルナちゃんを護る騎士様なんだから!」
「はぁ? なんだそりゃ」
……ごっこ遊び、なのか?
だけど、ぎゅうぎゅう抱きついてくるヴェルクは、やはり真剣そのもの。
きゅるるんな眼差しに——勝てる気がしない。
「じゃあ……俺の騎士様、一緒に眠ってくれますか?」
「うんっ! ぼくのレディ!」
にっこり微笑み、いそいそとベッドの中に入ってくる5歳児。
……天使かな?
「天使だ——」
……ヤバイ、父さんと発想が被りまくってる。
「そいつ、寝相悪いぞ。平気で顔面蹴ってくるからな、気をつけろ」
「アハハ、そう言えばそうだったね」
「騎士様だからそんなことしないもん!」
笑いながら部屋を出て行く家族を見送り、再びベッドへと身を横たえる。
「……ねぇ、ルナちゃん」
「うん? どうしたの、ヴェルク」
物思いに耽りそうになる思考を、ヴェルクの声が呼び戻す。
じぃっと、まるで心の中まで見つめようとするかのような眼差し。
「……ヴェルク?」
物言いたげに、でも口を開かないヴェルクは、やがてにっこりと微笑んだ。
「ぼくが護るから、大丈夫だからね」
ちゅっと頬に口づけてくれたから、俺も額へ返す。
二人でとりとめのない話をしている内に、眠りへと落ちていった。
◇◇◇
可愛い弟の寝顔を眺めながら、寂しかったのかもな、と思う。
12歳から王太子付従者になった俺と、15歳から王立学園に通う兄さんは、普段は王都にあるタウンハウスで生活している。
両親とカルミアがいるにはいるが、辺境を治める両親と四六時中一緒に過ごすことは難しい。
父さんなんて、出現する魔物のレベルによっては前線に立つしね。
カルミアは、まぁ……お察しだ。
ルーチェ辺境伯領地と王都は、馬車で5日の距離。
こうして領地へと帰ってこられるのは、どうしてもまとまった休みがある時に限定される。
今回の帰省は、兄さんの春季休暇に合わせた約1ヶ月。
移動に取られる時間を考えると、領地に滞在できる時間は否応なしに限られてしまう。
それでも機会を見つけては帰ってきてしまうのは、俺も兄さんも、この辺境の地が大好きだからだ。
一緒に過ごせる貴重な時間を3日も無駄にしてしまったことが悔やまれる。
この春から王立学園に通うことになる俺は最低あと3年、兄さんは卒業までのあと1年を王都で過ごす。
領地で過ごす幼いヴェルクからしたら、離れ離れの時間は長く寂しく感じることだろう。
ちなみに、カルミアは日頃から熱心に王都行きを望んでいるようだが、父さんの許可が下りずに今日までその願いは叶わずにいる。
父さんに多少子供に甘いところがあるとはいえ、奔放なカルミアを王都に野放しは危険と判断したのだろう。
王都にサラマンダーを投げ入れるような真似はできない、と呟いていた父さんを思い出す。
……英断だ。
ただ、遂に今回、彼女の悲願は叶うことになる。
学園入学のために、タウンハウスへと移り住む時がきたのだ。
王都へ戻る馬車に同乗して移動し、そのままタウンハウスで3年間を一緒に過ごす……
……ぶっちゃけ、憂鬱だ。
ほら、根本的に合わない人間っているじゃない?
彼女が、まさしくそれ。
双子なのに、こんなにも似てるのに、何から何まで反りが合わない。
兄さんとは、そんな事ないんだよ?
多分、結構仲がいい兄弟だと思う。
お互いに合わないんだからやり過ごせばいいのに、事あるごとに突っかかってくるんだもん。
……何かした記憶もないんだよなぁ。
そもそも、物理的に一緒にいた時間があまりないんだからさ。
兄さんは、学園を卒業したら領地に戻ると公言している。
口にはしないが、次期当主として父の傍で学びたいのだろう。
父さんも、そんな兄さんが嬉しくて仕方ないんだ。
……本人は隠してるつもりっぽいけど、だだ漏れ。
口にこそしないが——ルーチェの家の者ならば皆、知っている。
そして俺も、学園を卒業すれば自由の身だ。
俺の王太子付従者の任期は、王太子が成人するまで。
これは、ルーチェが王太子付従者を引き受ける上で王家に約束させた条件だ。
あくまでも俺は、王太子殿下の遊び相手、という立ち位置。
王家がどんなに熱望しようと、ルーチェは王政に関わる気など皆無だ。
俺だって、王政になんて興味はない。
そんなものより魔法の方がよほど楽しい。
王城の禁書庫に入りたかったのは、本当。
あそこにしかない魔法書が、喉から手が出るくらい読みたかった。
……でも、王太子が彼じゃなかったら……俺は、従者になんてならなかった——
「んん……ルナちゃん、おはよぉ」
眠気を含んだヴェルクの声に、ハッと我に返る。
無限ループしかけた思考を、寝起きのヴェルクに掬い上げられた。
しょぼしょぼ眼のヴェルクに、自然と強張っていた身体から力が抜ける。
「おはよう、ヴェルク。よく眠れた?」
「んー。朝ごはん、何かなぁ……?」
くちゃくちゃの髪でへにゃへにゃと笑うその姿に、胸の奥に熱が戻ってくる。
そうだね、お腹が空いた時の思考はマイナスに偏るから駄目だ。
まずは起きて朝ごはんを食べて、それから。
——そうだ、聖地巡礼しよう。
本当に俺の知ってる“ののの”の世界なのか。
この目で、確認しないとね。
.




