61. 王太子付従者は現実を噛みしめる
大変だった——この一言に尽きる。
ベッドに沈没しながら、今日までの出来事がぐるぐると頭を駆け巡った。
意図せずカルミアの魔力が暴走してしまい、俺は被害を最小限に抑えようと、苦肉の策として訓練場へ移り、暴走により正気を失い暴れるカルミアに応戦するかたちでドンパチを繰り広げました。
……を、もっとお上品なお堅い言葉で何度も何度も相手を変えて説明すること、丸3日。
「どうしてカルミア嬢が王城へ?」
至極単純な質問に、どう答えたら角を立てずに済むか窮した俺を救ってくれたのは、まさかのアイリス王女殿下だった。
「私が、秘密のお茶会にお誘いしたからですわ」
にっこりと優雅に微笑む王女殿下に、何とかルーチェ辺境伯家の落ち度を見つけようと躍起になる高位貴族たちは黙るしかなかった。
「ほら、お兄様もカルミア嬢も、王立学園入学が近いでしょう? 私もいよいよ入学が見えてきたと思いましたら、うずうずしてしまいましたの。女性同士、カルミア嬢に学園での生活についてお教えくださいませねって、お願いするつもりでお呼びしましたのよ。ほら、私、思いついたらすぐに行動したくなってしまいますでしょう? え? あんな時間に……ですって? あら、だって秘密のお茶会ですもの。パジャマのままベッドでお菓子を食べながら、夜更けまで恋バナをするのでしょう? キャッ! 嫌ですわ、こんなことまで言わせないでくださいまし! ……え? あぁ、ルナリア令息はカルミア嬢の付き添いですわ。王太子付従者の連れ、というかたちで入城いただきましたの。だって、他のご令嬢を差し置いてカルミア嬢だけなんて、角が立つかもしれないでしょう? ……はあ、せっかくの秘密でしたのに——貴方がたは無粋ね」
これが招待状ですわ、と、自身の名の花を模した装飾が美しい直筆の手紙まで提示してくれる。
にこにこと微笑みながら一切の淀みなく虚構を紡ぐ王女殿下に、王族の格を見せつけられた気がした。
「アイリス王女殿下、この度は……」
「あら、私は事実を述べただけですわ」
「……せっかくのお茶会を、申し訳ありません」
「そうね、この穴埋めは貴方にお願いしようかしら」
扇で口元を隠しながらころころと楽しそうな王女殿下に、臣下の礼をとる。
「はい、何なりと」
ぱちんと扇が畳まれる音が頭上で鳴り、それで顎を掬われる。
「お兄様を、末永くよろしくお願いいたしますね」
間近にある細められた蜂蜜色の瞳と、殿下を彷彿とさせる薄い唇。
「……はい、御心のまま」
「ふふっ、言質をいただきましてよ?」
颯爽と去って行く後ろ姿は、王族のそれだった。
◇◇◇
家族もてんてこ舞いだったに違いない……まともに顔を合わせられてないよ。
でも、この程度で済んだのはまだマシ。異例のスピード解決。
シュロのおかげで、ルーチェ側が先手を打って動けたのが大きいね。
あと、王城騎士団長が直々に動いてくださったそうで——グラディクト侯爵閣下には、むしろ借りを作ってしまった——……
幸か不幸か魔力の暴発自体はそう珍しいものではなく、大抵は事故として処理される。
今回の件もご多分に漏れず事故扱いになるそうだし、怪我人も建物の損壊も出さずに済んだ。
——つまり。
「お咎めなしを勝ち取ったー! ルーチェに光をー!」
「キュイー!」
気づけば、明日は学園への入学の日だ。
制服は屋敷にあるし本当は帰りたいとこだけど、深夜と言える時間帯の今から馬車を手配してもらうのは気が引けた。
3日間、取り調べのために王城軟禁生活だったわけだけど……ゲストルームに軟禁、とは?
ふかふか広々な豪華ベッドに、毎食運ばれてくる温かい食事も大変美味だった。
ついでに、おやつまであったし。
あれ……俺、どういう扱いだったんだろ?
服の中に隠れたシュロも連れ込めたから、寂しいとかもなかったしね。
……食事は、毎回取り合いだったけど。
ベッドでふかふかもふもふしながら、明日のことを考える。
「早朝に迎えにきてもらう手筈だから……屋敷で着替えて、入学式かぁ」
「キュイ」
「寝坊しないようにしなきゃ……」
「キュィ……」
忙しいなぁなんて、シュロと並んでベッドを転げ回る。
「……君にこんな子供のような一面があったとは——」
「うわっ!!?」
「キュッ!?」
「ルナリアっ!?」
いつの間にかベッドの傍でころころ転がる俺を見ていたらしい殿下の声に、勢いを殺せずにそのまま床へと落下した。
絨毯もふかもふだから、大して痛くなかったけど。
「で、殿下……驚かさないでください」
「キュッ」
「すまない。もし眠っていたら寝顔を見られるのではないかと不埒な心が働いてしまったんだ、許してほしい」
「キュイッ!?」
「……ご期待に沿えず、残念でしたね」
「キュ〜ィ」
「いや、予想外に愛らしいきみの姿を知ることができた。一切の悔いはない」
「……キュ」
「……真面目な顔で言われると困ります」
「む、困るのか。それは困ったな」
「キュイ」
無表情で難しい顔をする殿下を横目にベッドに這い上がると、再びだらりと身体を横たえる。
今は業務時間外で、気心の知れた幼馴染として接しても、誰にも咎められることはない。
その証拠に、ベッドに乗り上げてきた殿下も俺の隣に身体を横たえた。
それを横目に見たシュロも、くあっと欠伸をするとその場に丸くなり、寝息を立て始める。
……それでいいのか、騎士様。
「なかなかハードだったな」
「それだけのことをやらかしましたので。……殿下にもご迷惑をお掛けしました」
「いや。私はむしろ、こうして君と過ごす機会に恵まれて僥倖だ」
「っ!」
乗り上げてこられ慌てて押し返すけど、体躯面でも重力面でも圧倒的に不利な状況だ。
あっという間にべちゃりと圧し潰されてしまう。
首筋に顔を擦りつけられ擽ったさに身じろぎながら、悪あがきのように言い募った。
「で、殿下、俺に何か聞きたいことがあるんじゃないんですか……っ?」
「うん? あぁ、そうだったな。あの女が言っていた意味の分からない言葉の中で気になるものが——……そうだ、思い出した。“かんすと”とは、一体なんだ?」
「あ、あぁ……なんだ、そんなこと……」
もっとゲームとか攻略とか、説明が難しいことを聞かれるものだと思っていたから拍子抜けしちゃう。
……まぁ、あの時のカルミアがあまりにもイッちゃってて、意味のある言葉とも認識されてない、かな。
俺から離れようとしない殿下は、首筋に顔を埋めて寛いでいる。
その背に両腕を回しながら、どう回答するのがベストかを考えながら口を開いた。
「……カンストは、カウンターストップの略ですね」
「かうんたー、すとっぷ?」
「これ以上は上がりようがないくらいめいっぱいな状態、と言えば分かりやすいですかね」
ふむ、と、殿下が身を起こす。
「……なるほど」
何やら納得した素振りを不思議に思う間もなく、俺の耳朶に指を這わせた。
ピアスホールを埋められる感覚に、殿下に渡した“厄災除けのアミュレット”が戻ってきたことを知る。
「私にもつけてくれないか?」
「……あ、これ……」
手渡された剥き出しの一粒石に、思わず笑みがこぼれた。
望まれるまま、キャンディピンクのそれを差し込むと、目元が満足げに緩む。
……あれ、ちょっと待って。
「で、殿下。——明日から、学園です」
「? そうだな。君と学友として過ごせるのは楽しみだ。……そうだ、学園内で身分は不問だったな。王太子である私が率先してその姿勢を示すためにも、君も私をヴァンと、愛称で呼んでくれ」
「え? あ、そういやそんな設定あったっけ……あ、いやそうじゃなくて!」
「どうした? ヴァレンでも構わないが……幼い君は、ヴァンと呼んでくれていただろう? それが、いい」
いや、可愛いかよ!
……って、だからそうじゃなくて!
「従者と揃いの宝飾を纏うなんて、周囲に要らぬ憶測を与えてしまいます! 殿下はまだ婚約者もいらっしゃいませんし、得策ではありませ——」
「私は君がいい。君が私の人であると周囲に見せつけ、悦に入りたいんだ」
言い切られて、絶句。
……あ、あれ?
殿下、こんなキャラ……だっけ?
語彙消失状態の俺の耳朶に口づける殿下は、ひどく楽しそうだ。
「私の君への恋慕がそこまで知れているのであれば、もう我慢する必要もないだろう?」
「……は、はぃ?」
「あの女が言っているのを、君も聞いただろう? 私の君への好意はこれ以上なく膨れ上がっている、と。ただの頭のおかしな女かと思ったが……なるほど、面白い表現をするものだ」
ククッと喉の奥から聞こえる笑い声に、俺の背筋はゾクゾクしっぱなしだ。
ちょ……ゲーム開始前からこんなの、反則でしょ!?
ぐっと近づいた唇が、触れ合いかけた——瞬間。
「キュイッ!!」
「なっ!?」
「っ!?」
「…………ぷきゅ〜……」
むにゃむにゃと口を動かすと、そのまま寝入りの体勢へと戻っていく。
……ドラゴンって、寝惚けるんだ——……
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