60. 死に確は“ゲーム”を終わらせる
先ほどまでの狂乱が嘘のような静けさの中で、俺と殿下だけが佇んでいる。
壊れた人形のように手足をバラバラに投げ出しているカルミアは、動かない。
ただ、ぶつぶつと何かを呟き続けている。
「……な、んで……アタシはヒロイン、なの……よ……?」
愛らしかった顔は傷だらけで、長く美しい銀髪はぼさぼさ。
繊細なデザインの白いワンピースは、見るも無残な有様だった。
返された大技をまともに受けて即死しないなんて、さすがはヒロインだと思う。
……それがいいことなのかは、俺の知るところではないけどね。
「結局俺は、何で事故死するはずだったの? お前が余計なことしたせいで、正解が分かんないじゃない」
「っ! 死ね……! お前が、死……ね……っ!」
「——お前が嫌な奴で本当によかったよ。……兄さんやヴェルクだったら、こんなことできなかったもん」
「——死ね、ぇ……っ!!」
ビクビクと痙攣しながらまだなお呪詛の言葉を吐き続けるなんて、いっそ見事だと思う。
「どうやって? お前の魔力、もう残ってないじゃない。……まぁ、まともに訓練も積まないで大技発動したら、そうなるよね」
カルミアの傍にしゃがみ込むと、額に指先で触れる。
少量の魔力を流し込むと、枯れた大地に水が沁み込む勢いでカルミアの体内を駆け巡っていく。
「……あぁ?」
魔力を流し込むほどに激しく脈打つ箇所——彼女の場合は、頸動脈のようだ。
人によって違うんだね、魔力生成器官。
「——ずっと考えてたんだ。ヒロインと対決して、俺が勝つ方法」
「はぁ? 何言ってんのアンタ……」
明け渡した魔力のおかげか、少しは頭が働くようになったみたい。
相変わらず俺を舐めきった態度ではあるけど、反応は返ってくる。
虚ろに濁っていた瞳が幾分クリアになって、今にも噛みつかんばかりに俺を睨んできた。
「初めは、単純に殺せばいいのかなって思ったんだよね。……でも“ののの”ってさ、ヒロイン死亡エンドがあるじゃない? もし今際の際のお前に『最初からやり直す?』のコマンドが現れたら、また振り出し——そんなの、冗談じゃない」
眉を顰めて俺の言葉を聞いていたカルミアの表情が、徐々に引きつっていく。
恐怖?
焦燥?
……俺は諦めだったなぁ。
「ねぇ、ヒロインは『魔力あふれる心優しき聖女の末裔』なんだよね?」
「……は?」
「思ったんだよ。魔力がなくなったら——お前を加護無しにすれば、そもそも“ののの”のヒロインがいなくなるんじゃないかなって」
そんなエンド、なかったでしょ?
……まぁ全然心優しくないし、既にヒロインじゃないかもなんだけどね。
無防備に晒された細い首、その頸動脈に指先を当てる。
生者の鼓動を感じる、それ。
「試す機会がなかったんだよね。嬉しいな」
「ああ? さ、わんな、このバグ……が!」
起き上がろうにも、まともにダメージを受けた身体は動かないのだろう。
地面をもそもそと動くその姿は、いっそ哀れだ。
「今からお前の魔力生成器官を破壊するね」
「……は?」
「≪光癒≫の反対って、やってみたかったんだ」
指先に魔力を集中させる。
初の試みだ、詠唱も必要。
カルミアが初めて、憎悪以外の表情で俺を見た。
抵抗しようにもその力はなく、ヒロインの危機に駆けつけるヒーローは誰もいない。
「コンティニューは、ないからね」
「や、やめ——!」
恐怖に引きつり叫びの形に開く唇。
「“光よ、正しき断罪を——≪光壊≫”」
ビクン! と電気ショックを与えたかのように一度だけ大きく身体を跳ねさせると、そのまま静かになる。
キャンディピンクの虹彩はぐるんと上向き、大きく開いた唇からは泡を吹いていた。
指先に感じていた彼女の魔力が、ブツリと途絶える。
艶やかな銀髪がみるみるうちに色褪せ、パサついた砂色へと変わった。
砂色——加護無しの色。
「さようなら——“ヒロインだった”人」
——この場合、何ENDになるのかな。
呆けていると、背後から長い腕が巻きついてくる。
「……よくやった」
その一言で報われるのだから、俺も大概なのかもしれない。
首筋に唇を寄せられた感触。
振り返ると、鼻先がぶつかるほど近くに、殿下の顔。
「ルナリア——」
「ぁ……」
正面から抱き締められ、その体温に張りつめていた全てが蕩けてしまう。
広い背に両腕を回し、俺を信じてくれた人を抱き締める。
「ありがとう……」
頬に触れる掌に、思わず目を閉じ——
「キュイィィィッ!!」
——かけた瞬間、聞き覚えのある鳴き声と共に白い何かが天井を突き破って飛び込んでくる。
「シュロ!?」
「キュイッ!! キュイィッ!! ——キュィ?」
俺と殿下を大きな翼で囲うと、キョロキョロと辺りを見回し——ボロボロで転がるカルミアに、首を傾げる。
「助けにきてくれたの?」
「キュイッ!」
しゅるしゅると肩乗りサイズまで縮むと、尻尾でカルミアをツンツンしている。
「——来たな」
「……はい」
鍛錬場の外がにわかに騒がしくなってきた。
防音機能があるとはいえ、大技はやり過ぎた。
……ついでに、シュロも。
王城の危機に、王城騎士団が駆けつけてきたのだろう。
鍛錬場内は自己修復機能で何事もなかったかのように元の姿を取り戻しつつある。
しかしズタボロの姿で倒れているカルミアは、残念ながらそのままだ。
「まずはここを切り抜けないと、俺自身の王太子付従者の継続も危ういですね……」
片や俺は、ほぼ無傷。
場合によっては、か弱い女の子をフルボッコにした暴力事件とも捉えられかねない。
詳細を説明できないとはいえ、さすがにそれは御免被る。
魔力の痕跡が残っている内に発見されたのは、不幸中の幸いかもね。
「そんなことは私がさせないから心配無用だ。——それよりも、」
無表情の中にある、いじわるな気配にギョッとする。
「私が理解できるまで、本件の説明を頼むよ」
「……多分それが、一番の難題です」
どう考えても、カルミアとの戦いより難易度が高い。
鼻先に落ちた口づけに、俺は静かに天を仰いだ。
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