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59. 死に確は無双する



「これでヴァン様の好感度も下がったでしょ〜? 次はちゃ〜んと、アタシを好きになってもらわないと!」

「……嫌だ——……こんなの、違う……嫌だよ……」


 端正な顔に手を伸ばし、頬に両手で触れた。

 俺を見る殿下の瞳が、微かに揺らぐ。


 無表情なのに、息をするようにこちらが恥ずかしくなるような甘い言葉を口にする、優しい人。


「ヴァン——……!」


 情けなく声が震える。

 みっともなく追いすがる俺の姿を、カルミアが嘲笑った。


「バーカ! もう無駄だってぇ! ってか、アンタのその顔超最高なんですけどぉw いっつもお取り澄ました顔して、超ムカついてたんだよねぇw そもそも死に確のくせにヒロインのもの盗るとか、マジないわwww」


 神経を逆撫でするような甲高い声が絶望を誘う。

 一度は諦めた——だけど、今は違う。

 こんなふうに、アイテムで呆気なく失うなんて……


 滑り落ちそうになる手——を、殿下の大きな手が包んだ。

 そのまま頬を摺り寄せられ、掌に口づけられる。


 俺だけを映すブラックスピネルに浮かぶのは——


「——ルナリア、泣かないでくれ」

「ぁ……?」

「こんなにも愛おしい人を、どうしたら嫌えるというんだ」

「っ、ヴァン——!」


 ——愉悦、だ。

 掻き抱かれ、潤んでしまった目元を吸われる。

 ……あぁ、ヴァンだ。俺の——……


 その頬に手を触れ……指先に触れたキャンディピンクの欠片に、ハッとする。

 その耳朶を彩るピアスは——石が砕け、欠片が輝いていた。


「……アイリス様——」

「……どうした?」


 殿下の耳朶を彩っていた、キャンディピンクの残骸。


「——いただいたピアスは、“厄災避けのアミュレット”だったのですね……」


 通称“虫除け”。

 高価格アイテムなのに対し、効力は一度切り。

 まさか、産廃扱いされていたアイテムに助けられるなんて。

 “ののの”では一粒真珠デザインだったから、分からなかった……


「はぁっ!? なんで!? どうしてよっ!!? ——っ、あの汚いアイテムショップ、マジで使えない!!」


 ヒステリックに叫ぶカルミアに、“忘却の雫”が本物であることを教えてやる義理はない。

 攻略対象ではない自分のピアスの無事を確認し、殿下の耳朶へと押し込む。


「お守りです。つけていて」

「しかし、これでは君が——!」

「大丈夫。……それがないと、殿下はアイツを好きになっちゃいますよ?」

「あり得ない!!」


「——はぁ!? 何よそれぇっ!!?」



 ——殿下の全力否定、初めて聞いた。


 カルミアはと言えば、眉間に皺を寄せ目を左右非対称に開き口角を下げる、美少女が完全に消え失せた表情。

 ヒロインがやっちゃいけないそれに、一瞬たじろぐ——けど。


「あー……そっちが素だよねぇ」


 彼女の今までの行いを顧みれば、こちらの姿の方がよっぽど腑に落ちた。

 俺の反応が想定外だったのか、カルミアの眉が跳ね上がる。


「はぁ? 何よアンタ、どこまでも偉そうに……」


 苛立ちを隠そうともしないカルミアを見ていると、こちらは頭が冴えてくる。


 今の攻撃魔法の目撃者——無し。

 訓練場内は防音が効いてるけど、前みたいに天井を突き破ってしまう攻撃には効果がない。

 騒音を聞きつければ、王城騎士団が来る。

 ルーチェ辺境伯の令嬢が王城で騒ぎを起こしたとなれば、高位貴族が黙っていない……


 ——要するに、面倒事にしかならない。

 だけど、ヒロインとして最大の危機に直面している目の前のカルミアが、このまま大人しく引き下がるはずもなくて。

 王太子付従者になるっていうなら、その辺にも気を回そうよ……



 ——あ、そういうことか。


 短絡的なカルミアを前に、自分が小難しく考えすぎていたことに気づく。


「王太子付従者になるには俺が邪魔だから、殺そうとしたんだ?」

「は? 他に何があんのよ? アンタ、バカなの?」


 何言ってんの? って呆れ果てたかのような表情。


「アンタがさっさと死ねば、学園入学を待たずにヴァン様の従者になれんのよ? 悪役令嬢に邪魔されない今の内に、ある程度の好感度を上げておきたいわけ」


 人差し指を立てて、さも当然みたいに言われても。


「本当はもっとさっさと退場してほしかったけど、埋葬スチルと違いすぎてバグったら嫌じゃない? ここまで待ってあげたんだから、もう満足でしょ?」


「え、何その怖い思考……ひょっとして、公式でもカルミアがルナリアを殺ったんじゃ……」

「うっさいわね! 死に確が喋んな! ヒロインと同じ顔で図々しく生きてんじゃないわよ!!」


 叫ぶなり両掌を突き出すと、≪光弾(ショット)≫を高速発射し始める。

 だけど、父さんや兄さんとの模擬戦に比べればスローモーションだ。


 指を弾いて≪光盾(バリア)≫を展開すると、距離が開く程に威力が落ちるそれに対応するため、素早くカルミアから距離を取る。


「ヒロインと容姿使い回されてんのは運営が手を抜いたせいであって、俺のせいじゃないから! 俺だって、毎朝鏡に映る美少女面に戦慄してるから!」

「うるさい! 死ね死ね死ねっ!!」


 般若のような形相で≪光弾(ショット)≫を発射し続けるカルミアの、恐ろしいこと。

 さっすがヒロイン、魔力がハンパない。

 カラフルなイケメンの中心で可憐に微笑んでいたジャケ写からは想像もつかないその姿には、ドン引きだけど。


「お前、そんな顔してるとファン失くすよ……」

「死に確がうるさいっ!!」

「まだ生きてるよ! 大体、ヒロインが人殺ししちゃダメでしょ。キャッチ、『魔力あふれる心優しき聖女の末裔』じゃなかったっけ? お前、全っ然優しくないじゃん!」

「アンタたちみたいなモブが死んだところでなんなのよ!? 攻略に関係ないじゃない!!」

「……あー、やっぱその思考だよねぇ」


 いちいち避けるのも面倒になって、攻撃に転じる。


「きゃあああっ!!?」


 ピンポイントで額を弾いた≪光弾(ショット)≫に、カルミアがもんどりうって倒れた。


「っ! なんで生存バグのくせに魔法が使えんのよぉ!!?」


 いや、今更そんな泣き言?


「双子なんだから、当たり前でしょ。言っとくけど、お前のステータスのコピペだから。俺、男版ヒロインだからw」

「〜っ! くっそ運営が!! そんなとこまで手ぇ抜きやがってー!!」

「アハハ! ね? あの運営も、たまにはいい仕事するよね!」


 ——でも、それはあくまでも初期値の話だけどね。

 ゲーム開始時の真っ新ステータスのカルミアが、カンスト間近の俺に勝てるわけがない。


「元は同じなのに俺に敵わないのは、ヒロイン設定に胡座をかいて、今まで何もしてこなかったツケだよ。辺境を守護するルーチェとしても、一貴族令嬢としても……みんな、あんなにお前に心を砕いてくれたのに。何も言われなくなって清々したとでも思ってたの? 違うよ、最後のチャンスだったんだ。今のお前がここまで落ちぶれたのは、全部お前が積み上げたものの結果なんだよ」


「うるさいうるさいうるさいっ!! ヒロインにモブが説教するな!! アタシはこれからなんだ!! 死ね!! 早く死ねぇっ!!!!」


 肩で息をするカルミアの言葉に呼応するように、頭上に光の球体が現れる。

 訓練場の天井を突き破り、辺りを神々しく照らし出した。


「死ねっ!! あるべき姿に還れっ!!」


 うわぁ、これってヒロインが魔王を討ち取る瞬間に使う大技じゃん。


「“光よ! 彼の者に正しき裁きを!! ≪光聖(ジャッジメント)≫”!!!!」


 目一杯に膨らんだ球体が弾け、次の瞬間無数の光が雨のように降り注いでくる。

 涎を垂らしながら歯を剥き出しにして目を剥くその姿は、もはやヒロインのそれじゃなかった。


「……魔王を討ち取る瞬間のスチルだって、そんな酷い顔してなかったのにな」


 一種の走馬灯なのか、カルミアと過ごしてきた日々が脳裏を過る。

 ……うん、この性悪女め。


「っ! ルナリア——!」

「大丈夫です、俺を信じて」

「……あぁ」


 こんな状況なのに、逃げもせずに俺の首筋に顔を埋める殿下を可愛いって思ってしまう。

 頭上に迫りくる無数の光の刃に、片手を突き出した。


「≪光反(リフレクト)≫」

「なっ!?」


 詠唱と同時に現れた光のヴェールが、カルミアの攻撃を全て受け止め包み込む。

 カルミアの渾身の攻撃の分だけ膨張したそれが——次の瞬間、弾けた。


「ぎぃいやぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁっ!!?」


 美しいそれが、カルミアの全身を容赦なく突き刺し、地面へと縫いつけながら爆ぜ消えていく。


 ふと、今の自分がどんな表情をしているのかが気になった。

 こんなどうしようもなく虚しい気持ちでいる自分は、あの美しいスチルにはなりえないんだろうな——……




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