58. 死に確は、してやられる
暗闇をどこまでも急降下するから、無我夢中で殿下にしがみついた。
わ、ワープってこんなカンジなの!?
ちょっとイメージと違う——何ていうか、物理過ぎないっ!?
殿下と離れたら不味い気がして、もう必死。
だけどこの感覚、落下系の絶叫マシーンを思い出す。
落下直後は浮遊感にゾワッとするけど、状況が続くと冷静になるカンジ?
「あぁ……ずっとこのままいたいな——……」
陶酔したような囁きが聞こえた気がして——……
次の瞬間、視界が明るくなると同時に足裏に重力が戻った。
「大丈夫か、ルナリア」
「はい! ≪闇渡≫すごいですね! なんか癖になりそうです!」
「ならば、よかった。エビネは毎回酔っているからな」
絶叫系って、合う合わないがあるもんね。
エビネ様、おいたわしや……
辺りを見渡せば、見慣れた王城訓練場。
ドームの天井越しに見える星空が、まるでプラネタリウムみたいでとても綺麗。
月明かりが神秘的に辺りを照らし出す。
そこに佇む殿下が、あまりにも美しくて——……
「……ルナリア?」
見惚れていたことに、ハッとなる。
だけど——目を離せなくて。
「……そんなに見つめられると——食べてしまいたくなる」
伸ばされた手に、自分から頬を寄せてしまう。
殿下の瞳が、微かに揺らいだ。
大好きなブラックスピネルが、鼻先が触れるほど近づいて——……
「っ痛ぁ……——何っ!? 何なのよここぉっ!!? あの死に確、マジで消してやる——……っ!!」
後方から聞こえたヒステリックな叫びに、反射的に殿下を背後に庇いながら構えを取る。
「……そうだな。消してしまおうか——……」
……平坦な声音が物騒な言葉を吐いたのは、聞かなかったことにする。
「っ! ヴァン様! そこにいらしたのですねっ!」
殿下に気づいたカルミアが、パアッと表情を明るくし……俺に気づいて眉を顰めた。
——が、すぐにきゅるるんヒロインフェイスを取り戻す。
「危険ですのでその偽物から離れてください! その人は違うんです! 本物の王太子付従者は、私なんです!」
キャンディピンクの宝石眼から涙をこぼしながら、悲壮に訴えるカルミア。
身に着けている繊細なレースをあしらった白いワンピースが、これまた儚げな美少女を演出している。
この天使がさっきまでその手で兄を殺めようとしていたなんて、信じらんないよね。
「『殿下は……お寂しいの、ですね……? お気持ち、分かります。……でも、もう大丈夫です。これからは、私がずっとお傍におります。ずっとずっと、離れませんから——!』」
キラキラと聖女のように微笑みながら、手を差し伸べるカルミア。
あー、好感度爆上がりシーンの再現ね。はいはい。
殿下はそれを——奇怪なものを見る目でチラ見すると、その視線をすぐさま俺に移した。
……うん、分かるよ。
お気持ち、お察しします。
さり気なく殿下を背後に庇うと、後ろからぎゅっと腰を抱かれる。
たった今、ヒロインから奇人に正式降格したカルミアに向き直る。
「カルミア、いい加減にしろ。王太子殿下を前に不敬が過ぎ——」
「あ〜もう、うるっさいなぁ! 同じ顔でいちいち説教とか、本当にうざったい! ≪光弾≫!」
「っ!」
さすがヒロイン、詠唱無しでいとも簡単に攻撃を発動する。
——だけど、展開は遅い。
≪光盾≫を発動する余裕は、十分にあった。
足元の影が揺らいだのも心強い。
「あれぇ? なんで出ないわけ?」
相殺されたことに気づけずに困惑しているカルミアの頬に、渾身の平手打ちをする。
本当はグーで殴ってやりたいところなんだけどね!
「きゃあっ!? っ痛いわねっ!! 何すんのよ!!」
「こっちの台詞だ、大バカ野郎!! 王太子殿下に向かって攻撃魔法なんて——!」
「はぁ?」
「……不敬罪で牢に繋がれたいようだな」
お話しにならないカルミアに吐き捨てるように、殿下が告げる。
足元からせり上がってくる影が、舐め回すように身体を這った。
「え、えぇっ!? そんな、違うんですよぅヴァン様! 誤解なんですぅ! って言うか、この人酷くないですか!? アタシの顔を叩いたんですよ!? 痛〜ぃ! すっごく痛いです! ヴァン様、そんなヤツを従者にするべきじゃないです! 騙されないで!」
赤くなった頬を押さえ、大きな目に涙を浮かべながら叫ぶ。
……最早、言ってることが理解できない。
ちらりと背後の殿下を見上げると、無表情の中に困惑の色を浮かべ、俺とカルミアを見比べている。
「……アレは、一体何を言っているんだ? 本当にルーチェ伯爵令嬢なのか? 本当に、君とソルヴァスの妹なのか……?」
……否定するにはあまりにもコピペが過ぎるこの顔が、今は猛烈に恥ずかしい。
「……本当に、なんと言えばいいか——……」
「い、いいや。君を責めているわけではないんだ、安心してほしい。どんな高位貴族にも、個性的な者が一人や二人はいるものだ」
殿下、それフォローになってないです……
知らず、恨めし気な顔をしてしまったのかもしれない。
殿下の唇が、額に押し当てられる……誤魔化されませんよ。
「……何、今の」
驚愕に見開かれる、キャンディピンク。
何をそんなに驚くことがあるんだ——?
「ヴァン様のデコちゅー……カンストしてないと貰えないのに——!」
「……かんすと?」
「——ふぁあぁっ!!?」
「ちょっ!? なんでアンタが驚くのよ!? マジ死ね!」
そうだよ……!
王太子って、好感度カンストしないとお触り許してくれないキャラだったじゃん——!!
デコちゅーどころか、なんかちょっと抱き合ったり触ったりしちゃってたから、すっかり忘れてた……
——あれ? でもゲームの王太子は、カンストするとタガが外れたみたいにヒロインにエグく執着するヤンデレと紙一重みたいなキャラなんだよ?
R18版ではもうそれはそれは——……
……ってことは。殿下って、俺とあんなこととかこんなことしたいって……思ってたりするの——っ!!?
あ、でもでもっ!
本物の殿下は全然そんな素振りないし……あ、コレって現実とゲームの差異?
——そ、そうだよね!?
本物の殿下は媚薬盛ってニャンニャンとか、そんな趣味あるわけないもん!
カンスト=エッチなわけじゃないんだよ、うんっ!
「俺たち、まだキスもしてないからね——!!」
「死ねーーーっ!!!!」
ブルブル震えていたカルミアが、突如俺に向かって突進してくる。
振り上げられた手を≪光盾≫で弾こうとした——瞬間。
「……香水、か?」
「ギャッ!?」
爽やかな花の香りが、カルミアから俺を抱え込むように遠ざけた殿下へと振りかかる。
殿下の影によって弾き飛ばされたカルミアが、床の上を派手に転がった。
その手から転がり落ちた、小花モチーフの涼やかなブルーの香水瓶に——血の気が引く。
「……“忘却の雫”——!?」
立ち上がったカルミアが、ワンピースに付いた汚れを払い落としながらニマニマと笑っていた。
「アハッw やっぱり、知ってたぁ? 本当はアンタを消すとこを誰かに見られたら使おうと思って持ってきたんだけど、役に立ってよかったぁ! アタシってやっぱり天才?」
“忘却の雫”——選択肢を間違えた時に使用すれば、一つ前の選択に戻ることが可能な便利アイテム。
その他の用途として——
咄嗟に、殿下の腕を掴んだ。
微かに目を見開く殿下に、胸を襲う不安のまま声を荒げる。
「で、殿下!? 殿下!! ——っ! ……俺のこと……嫌いに、ならないでよ——……」
——カンストした好感度を、0に戻すことが可能。
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