57. 死に確は終わりを始める
——しばしの沈黙。
カルミアが気怠げに立ち上がり、汚いものを見るかのように表情を歪めた。
「——アンタ、いつからゲームのこと知ってたの? 前からじゃないわよね? アンタ、バカみたいに魔法ばっかだったし——……あ、それは今もか」
——喧嘩売ってんの? ならば、言い値で買おう。
「思い出したのはつい最近。誰かさんが階段から突き落としてくれたおかげだよ」
「は? ……まさか、アンタも転生者——!?」
カルミアが、目に見えて動揺する。
俺、相手が乱れるほど冷静になるタイプなんだよね。……あ、これもしかして、性格悪い?
殿下にはバレないようにしないと……嫌われたくないもの。
「聖女のくせにヒトゴロシなんてするから、シナリオにバグが起きたのかもよ? ほら、“あの運営だから”w」
「ふっ——ざけんじゃないわよ!! アンタのせいでアタシのための世界が滅茶苦茶じゃない!! どーせ死ぬ運命のモブのくせに——アンタだけじゃない、ジジィもババァも、あのちょっと顔がいいだけの冷血男も——みんなみんな、アタシの邪魔ばっかりして——……!!!!」
あぁ、せっかくの可愛いお顔が、すんごいことになってる。
BAD ENDでもここまで酷いのってなかったんじゃない?
「もうさぁ、その顔で本当にやめてよ。俺、カルミアのことだって好きだったんだよ? 魔王倒した時の大技スチルのアクスタとか、欲しすぎてラストワンまで粘っ——」
「ガチオタかよ!? マジキモい!! 同じ顔した生存バグがぐちゃぐちゃほざいてんじゃないわよ!!」
酷っ! ——まぁ確かに、“ヒロイン”からしたらそうなのかもね。
「そのバグはね、この世界を現実として受け入れたから、まだ生きてるんだよ。人がいて感情があって繋がって——ねぇ、お前はこの世界で何を成したの?」
ヒロインでは有り得ない暴言を平然と吐き、眉間に皺を寄せ口元を歪める。
「ゲーム開始まで全部消化試合だったんだろ? 王太子付従者になって、推しを攻略して、聖女になってハッピーエンド。——その結果が今だよ。転生ヒロインが落ちぶれる話ってありきたりだけど、ここまで何もしなかったパターンはレアなんじゃない? カルミアはすごいねぇ」
自然と漏れた称賛の言葉。
逆鱗に触れたのか、カルミアの眉が跳ね上がる。
「はぁ? 何なのよアンタ、どこまでも偉そうに!! “光よ、私を邪魔する奴を撃っ”——きゃあっ!!?」
「人の部屋で魔法とかやめてよ、迷惑」
苛立たしげに詠唱を始めるカルミアに向かって指を弾き、目の前に≪光閃≫を放ってやる。
あ、今回はちゃんと驚かせただけだからね?
文字通り、目の前でカメラのフラッシュを焚かれたイメージ。
せっかく立ち上がったのに、また腰を抜かして座り込んでる。
ため息をついて、もう一度指を弾くと、≪光域≫に閉じ込めてやる。
もういっそのこと、このまま兵糧攻めにしてやろうか……
シャボン玉のドームの中からギャーギャー喚いているカルミアを横目に、床に落ちたままの懐剣を拾う。
「……あ、そうだ」
——イイコト、思いついた。
懐剣を、太腿へと突き刺す。
勿論、≪光癒≫と同時にね。
痛いの嫌だもん。
「っ!!? ルナリア!!?」
「ギュイッ!!?」
「あ、大丈夫。もう治しました」
突き抜けるような痛みが一瞬走るのもしんどいっちゃしんどいんだけどね。
——あ。痛覚遮断って、イケるかな?
脳への信号を遮断すればいいわけだから、あるいは——……
おっと、脱線しちゃった。
血塗れの懐剣を、驚愕に目を見開き、硬直するカルミアに見せつける。
「あ、ひ……っ!」
「何ビビってんの? お前のやろうとしたことは、こんなもんじゃないでしょ?」
そのまま懐剣をベッド下に投げ捨てれば、仕込みは完了。
俺的にはオッケーなんだけど……
俺の身体を覆い隠そうとする濃密な魔力に酩酊しちゃいそう。
「……殿下、さっきから擽ったいです」
「私を不安にさせた君がいけない」
集中できないからやめてほしい、と甘えを含んだ抗議を、殿下はいつになく硬い口調で切り捨てた。
足元に跪くと、血で汚れた太腿に、事もあろうに舌を這わす。
ぬるりと生温かい感触に、背筋をぞくりとしたものが走る。
「っ! 殿下、やめ……っ!」
「もう二度とこんなことはやめてくれ。例え君でも——許すことができない」
「……ぁ……ご、ごめん、なさぃ……」
珍しく怒りを露わにする殿下に、高揚感が瞬殺される。
そんなつもりはなかったのに……
「キュイ」
——ドヤァ顔のシュロが忌々しい。
「——これが私にとっても害をなす存在だと、理解した」
立ち上がり俺の頬を撫でた殿下の魔力が、重みを増す。
身体を這いまわっていた魔力が、どろりと地に落ちると、水溜りのように床に集まる。
それは波紋のように広がり、俺とカルミアの足元で揺らめいた。
「きゃっ!? な、何なのよこれ、気持ち悪——ぎゃっ!!?」
どぷりと、カルミアが沈んだ。
驚く俺の腰に腕を回した殿下が、耳元に優しく囁く。
「この場で暴れられては大変だ——……いい場所がある」
「≪闇渡≫ですかっ!?」
こんな時なのに、テンションが上がってしまう。
そんな俺に、殿下が苦笑した。
「そうだ。——しっかり捕まっていてくれ。はぐれたら大変だ」
「は、はいっ!」
ぎゅっと殿下の身体に腕を回す。
細身に見えるのに、存外胸板は厚い。
……あ、ちょっとドキドキする。
「そう、上手だな。——シュロ」
「キュッ?」
「王城の訓練場と、伝えれば分かる。こちらは、貴殿に任せよう。——ルナリアは、私が」
「キュイッ!?」
ルビーの瞳を見開くシュロに、思わず笑う。
「アハハ! 大丈夫だよシュロ、殿下はそんなんじゃ——……あれ?」
シュロにフォローを入れようとして、ふと気づいちゃう。
「……殿下? カルミア、一人で沈んでませんでし——うひゃっ!?」
言い終わる前に、俺もどぷりと闇へと沈んだ。
しがみついた殿下が一瞬笑っていた気がするんだけど——あれ?
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