54. 死に確は確信する
『自動で攻撃を弾ける魔道具、ですか……』
『受けたダメージを軽減する、ならあるけど——ちょっと違うよな?』
『あぁ、なるほど? サラマンダーの討伐時に、耐火属性の防具を身につけるイメージだな。騎士団でもよく使用する』
『仰るとおりです。察するに——ルナリア様がお求めの魔道具は、そういった物ではありませんよね……?』
『——あらかじめ自分の周りにガード、ってなると、光属性だよな? ……あー、神殿が絡むとなぁ』
『……はい。今すぐに、は、難しいです……』
殿下とエビネ様に別れを告げ、帰りの馬車に乗る。
工房での会話を反芻したら、自然とため息が出た。
……まぁ、そんなに全てが都合よくは転がらないよね。
ままならないのが人生なわけだし?
「よし、切り替えっ!」
「……さっきから百面相かよ」
正面に座っていた兄さんが、呆れたように呟く。
長い脚を組み、窓枠に頬杖をついたまま俺を探るように見つめていた。
「ルキアのこと、ありがとね」
「お前のためじゃねぇよ。使えるもんは使う、それだけだ」
シルバーが彩る右手を眺め、満足そうに口角を上げる兄さん。
思考が根っからの領主なんだよね。
「……お前が魔道具を欲しがった理由は、アレのせいか?」
「ふぇ!? あ、えっと……」
「安心しろ」
完全な不意打ち。
返答に詰まってしまう俺に、兄さんは淡々と口を開いた。
「直に——沙汰がくだる」
温度を感じさせない、次期当主の声音で。
◇◇◇
「ルナちゃん! ソルくん!」
「キュイ〜」
「ヴェルク!? わぁ、どうしたの!? ……あ、シュロもただいま」
「キュイ!?」
エントランスに入るなり、待ち構えていたのであろう天使に飛びつかれる。
一気にテンションが上がった。
ヴェルクは、本来なら馬車で5日離れたルーチェ辺境伯領にいるはずだ。
それが、何故?
「よぉチビ。予定より早ぇじゃねーか」
「もう、チビじゃないもん! ソルくんのいじわるー!」
髪をぐしゃぐしゃにかき乱されながら、ヴェルクは嬉しそうに頬をほころばせる。
「会いたかったよー、ソルくん!」
「おぉ」
「キュィ〜」
あ、なんか感動的なシーン。
「大変だったねぇ、ソルくん……」
「……おー……」
「キュィ……」
——何故かこっちをジト目で見てくる二人と一匹に、本能が話題を変えろと叫ぶ。
「あ、ヴェルクはどうして王都に——……」
言いかけて、兄さんの眼差しに——悟った。
「——せっかく来たんだから、明日はカフェに行こうよ! 約束した苺のケーキ、一緒に食べよう!」
「わぁい! クリームいっぱ〜い!」
「苺もいっぱ〜い!」
「キュィキュ〜イ!」
「「お前は留守番」」
「ギュイッ!!?」
「お土産買ってくるからね!」
「キュ〜ン」
和やかな空気に包まれながら談話室に向かおうとすると、素早く近づいてきたメイドが兄さんに耳打ちする。
「——分かった。……お前たちは先に行ってろ。俺も後で行く」
咄嗟に、執務室へと向かいかける兄さんの腕を掴んだ。
……普段は辺境にいる父さん——当主が、わざわざ王都のタウンハウスにまで出向いてきた理由。
——つまり、父さんは決断を下したということだ。
「……なんだ?」
「俺も行く。——俺も、行くよ」
蒼穹の瞳を、正面から見据える。
……次期当主だからって、全部抱え込まなくたっていいじゃない。
「……早くしろ」
「——はい!」
歩き出す兄さんの背中を追う。
後ろを、シュロを抱きしめたヴェルクもついてくる。
「……お部屋の前で、待ってるからね」
「キュイ」
談話室で待っていて——……なんて、ヴェルクの目を見たら言えなかった。
重厚な執務室の扉は、まるで待っていたかのようなタイミングで内側から開いた。
迷わず入室する兄さんに、俺はドアノブに手をかけるアルフレッドを窺い見る。
モノクル越しの小さな瞳がかすかに細められたことを確認し、兄さんに続いて入室した。
扉が閉まる瞬間、廊下に佇むヴェルクの唇が、待ってるからね、と動いたのが可愛い。
「納得できませんっ!!!! 私はここに残って、王立学園に入学しますっ!!!!」
カルミアのヒステリックな叫び声に、頭を抱えそうになる。
一方的な主張は、途絶えることを知らない。
「お父様……私はお兄様たちに地下牢へ閉じ込められたんです……!! ようやく出していただけたと思ったら、今度はお部屋から出ることすら許されなくて……!!」
肩を震わせ嗚咽する美少女の、なんて儚いことか。
思わず駆け寄って抱きしめて「君は何も悪くないよ」とか言いそうになる破壊力だ。
執務机越しの父さんが、肩を落とす。
沈黙が重い。
「……ソルヴァス」
「はい」
「カルミアはいつもこうなのか?」
「……はい」
姿勢を正し端的に答える兄さんの隣で、アルフもごく浅く顎を引く。
「……そうか——……」
すすり泣くカルミアに向き直る父さんの顔は、当主のそれに戻っていた。
「決定は変えない。領地に戻る準備をしなさい」
「なっ!!?」
今の今まで涙していたとは思えない豹変ぶり。
「っ! どうして威張って命令ばかりのソルお兄様を信用なさるのですか!? お母様にお顔が似ているからですか!? 私の方が魔力があります!! 私は聖女になるんですよ!?」
カルミアがヒステリックに叫ぶほどに、室内の沈黙が濃度を増す。
——地獄かよ。
「——後悔なさいますから——……」
当主の決定が覆らないことが分かったのか、カルミアは吐き捨てると踵を返した。
自然と、扉の傍に立つ俺と対峙するかたちになる。
「邪魔よ。どいてください」
「まだ退室許可が出てないよ」
横目に窺い見た父さんの手が動くのを確認して、動線を譲る。
それをどう勘違いしたのか、顎をしゃくり上げたカルミアは口角を吊り上げた。
「ふん! アンタ、男のくせにそんな顔で恥ずかしくないの? 一番の好物はマカロンです〜ぅなんて、まんま女じゃない! キモッ!」
「はぁ!? それは今関係ないじゃない! それに、マカロンが好きなのは自分だろうがっ! 俺が一番好きなのは——……」
言葉は喉の奥に引っかかって、そのまま消えた。
あぁ、そっか——……って。
今まで小骨みたいに引っかかってた全てが腑に落ちた。
——いや、今さらこんなことで? って言われちゃいそうだけどさ。
「とにかく!! 私は学園に通いますから!! 失礼いたします!!」
黙り込んでしまった俺を奇異なものを見る目で一瞥し、カルミアは足取り荒く執務室を出ていく。
「……アンタがさっさと——……」
けたたましい音を立てて閉まる扉に、もうかける言葉が見つからない。
小さく頭を下げ、アルフが後を追い退室していく。
「——ソルヴァス」
「っ、はい」
こめかみを押さえていた兄さんが、父さんの呼びかけに顔を上げる。
金属のような宝石眼が、真っ直ぐに兄さんを見ていた。
「次期当主は私が決めた。決定事項だ」
「はい」
「——よくやっている」
「…………はい」
その美しい横顔が、かすかに紅潮した。
執務室を出ると、ヴェルクに飛びつかれた。
付き添ってくれていたのだろう、メアリがさり気なく後ろに下がる。
「ソルくん! ルナちゃん!」
「キュイ! キュイ!」
「んだよチビ。先に談話室行ってろって言っただろ」
「待ってるって言ったでしょ!」
頬をぷくっと膨らませると、兄さんの手をきゅっと握る。
「ねぇソルくん、今日は一緒に寝よう? ぼくソルといっぱいお話ししたいの」
いつもより甘える声で、ヴェルクがねだる。
「はぁ? お前ルナの騎士なんじゃねーのかよ?」
「ルナちゃんの騎士様は、今日はシュロちゃんなの! ねっ?」
「キュイッ!」
……え、そーなの?
ガッカリが伝わったのか、シュロに尻尾で頬をペチペチされる。
「冗談じゃねーよ、お前寝相悪ぃだろーが」
「大丈夫だもん! ぼく騎士様だから!」
「……ったく、顔面蹴飛ばしたらベッド追い出すかんな」
額を突かれたヴェルクが、満面の笑みを浮かべて兄さんの腕に抱きつく。
「わーい! ソルくん大好き〜! ……ソルくんは、優しいんだから」
小さな小さな呟きに——あぁ、聞こえちゃったんだなって。
そんなヴェルクをメアリが慈しむような眼差しで見ていた。
今はヴェルクの専属メイドだけど、俺やカルミアが小さい頃はよくついてくれてたっけ。
優しい横顔に、自然と言葉が口をついた。
「……ねぇメアリ」
「はい、ルナリア坊ちゃま」
「メアリはさ、俺の一番の好物って知ってる?」
一瞬不思議そうな表情を浮かべたメアリは、すぐにふわりと微笑んだ。
「まぁ坊ちゃま。このメアリを試してございますの?」
メイド服のポケットから小ぶりの可愛らしい包みを取り出し、俺の掌に優しく乗せる。
「菫のお砂糖漬け、でございますね。幼い頃から大好きですもの、ルーチェに知らない者はおりませんわ」
うふふ、と、いたずらっ子のように微笑むメアリに、俺の心も解ける。
「だよね? ……一緒に生きてきたんだから——知らない奴なんて、いないよね……」
——つまり、そういうことだ。
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