52. 双子の兄はやらかしかける、その5
「すごいです! ルナ様は発想の天才ですね!」
くるっとこちらに向き直ったネル先生の惜しみない称賛に、思わず目が泳ぐ。
「天才はバカと紙一重ってヤツだがな……」
「ぐっ!」
あえて見なかった方面から的確に斬りつけられて、言葉もない。
話題を……逸らさないと!
……あ、そうだ! この間思ったヤツ!
「ね、ねぇねぇルキア! 兄さんの視覚阻害のヤツってさ、矢にも応用できないかな? 飛んでくるのが見えない矢、辺境に持って帰りたいなって——ムグッ!?」
「っ、またお前——!!」
……え? 何か、マズった……?
背後からいきなり口を塞がれて、驚いて見上げれば、兄さんの焦った顔。
「このカップ、やはり気になるな」
「ですねェ。こっそり使う分にはいいかもしれませんね。訓練中に冷たいものが飲めたら嬉しいなァ」
殿下とエビネ様は、後ろの棚を物色している。
「……お前、いつもこうやってやらかしてんだな……」
そんな二人の意向表明に、兄さんは大きくため息を吐くと肩を落とした。
「え、え? ……駄目なヤツ、でした……?」
「……少なくとも、王家の目がある場で話すことじゃねぇだろ。もっと考えろ、バカが。魔法絡むとマジでポンコツだな」
「ご、ごめんなさい……」
頭を小突かれ、チラッと殿下たちを見る。
「私の従者の有能さときたら——」
「アー、ハイハイソウデスネー」
……なんかもう、いろいろごめん。
「あ、あの! 辺境って、ルーチェ領ッスか? ……俺の魔道具——ルーチェで、通用しますか——?」
ルキアの食いつきと、真剣さ。
……あぁ、そっか。
乙女ゲーのヒロインよろしく鈍感力を発揮していた俺は、ここで初めてルキアが兄さんを自身の工房に呼び寄せた意図を察した。
“ルーチェは魔道具師の聖地”、だっけ。そう言ってくれてたのにね。
「うん。知能高い魔物だと射線見て避けてくるから、すっごい使えると思う」
「マジで!?」
身を乗り出してくるルキアに、俺までワクワクしてきちゃう。
「うん! 特に大型種とか、やたら賢いからさ! アイツら、矢の軌道見て避けんだよ、腹立つでしょ〜!? 飛ぶヤツに絶対効果的だもん、傭兵たち喜ぶよ〜! ねっ、兄さん!」
「ルーチェの傭兵に選ばれるなんて——! 魔道具師にとって最大の名誉ッスよ!!」
「すごいすごい! 嬉しいね!」
盛り上がる俺たちに、兄さんが眉間に手をやる。
背後では相変わらず殿下とエビネ様が窓の外を見ながら、「いい天気ですネー」していた。
……ここ、日当たり悪くて空なんて一ミリも見えないんだけどね。
「あ、あの! 視覚阻害に加えて、命中補助をかけるのはいかがでしょう? お役に立ちませんか?」
「命中補助!? そんな手が!」
「はぁ? いや、一つの物体に複数の付与なんて……いや、エイム安定化なら光か。同属性の付与なら、複数でも何とかなる、か……?」
考え込むルキアを尻目に、先生の指先が虚空に魔法陣を描くように動く。
「うん、理論上は。……いや、でもやっぱり、負荷が問題かも……矢一本ごとの付与となると、与えられる術式に矢そのものがもたない……」
「……だったら、発射側に仕込むのはどうかな?」
思いつくままを、口にする。
「弓とか弩、そのものに術式を刻んじゃうのは? 魔道具師は個々の矢に付与するより効率がいいだろうし。使用者も、長い目で見れば安価に抑えられるんじゃない?」
「……しかし、それでは矢に視覚阻害が——」
「え? 発射するときに、効果を矢へ移せないかな? 弦を引いて、発射する瞬間に術式が矢へ一時的に転写される、みたいな?」
「——っ!」
ネル先生の目が輝いた。
「……確かに、盲点でした! それならば、制御は一括で済みますね!」
「でしょでしょ?」
二人で盛り上がってしまい、ルキアが完全に置いてかれている。
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺にも分かるように説明しろ!」
「後でちゃんと説明するよ! 術式も一緒に、最適なものを考えよう! 大丈夫、出来るよルキア! 僕たちなら出来る!」
「そ、そっか? なら……おぅ!」
テンション高くルキアの両手を握り締めるネル先生。
その笑顔に背中を押されるように、ルキアも大きく頷いた。
「すごいや……これ、弓使いの世界が変わるレベルの大革命だよね!」
「……あぁ、そうだな。本当に実現可能なら、辺境だけじゃなく王城騎士団も求めるだろう。一攫千金も夢じゃない」
淡々とした兄さんの言葉に、ルキアの顔がパッと明るくなる。
「マジっスか!? オレ、魔道具師として認められるっ!?」
うん、本当。それだけの代物だからね。
「そして、そうなれば王城魔法師団が黙っていないだろう。加護無しの分際が、自分たちを差し置き戦績を上げる。そんな紛い物の存在を許すほど、あそこはお綺麗じゃねぇ。下手したら、お前らごと無かったことにされて——仕舞いだ」
「っ!!?」
息を呑む、ルキアとネル先生。
全てを聞いていたであろう殿下とエビネ様は——沈黙を貫く。
……あぁ、そうだ。ここは王都。……辺境ではない。
さっきまでの高揚が嘘のように、重苦しい沈黙が工房を包む。
「——で、取引だ」
「……え?」
この場の空気を完全に掌握した兄さんが、ニヤリと口角を上げる。
「我がルーチェが、お前らのパトロンになってやろう」
「「…………ええっ!!?」」
ルキアとネル先生が、見事にハモる。
「この研究——いや、お前らごと、ルーチェが後ろ盾になってやる。この王国で一番その技術を欲するのは辺境なんだ、先行投資ってやつだ。——ただし、その技術は実験段階も含め、全てを我がルーチェが掌握させてもらう。……どうだ? 悪くない条件だろう」
軽く言ってるけど、内容が重い。
ルキアの顔がみるみる青くなり、ネル先生の頬は紅潮していく。
「……つまり、卿は僕たちを守る代わりに、この研究を預けろと?」
「そういうことだ」
「……なら、僕たちにとっては願ってもないお話です。——しかし卿、本気ですか——?」
ネル先生の真剣な目を正面から受け止め、なお兄さんは笑う。
「ルーチェ辺境伯が代理、ソルヴァスの名にかけて誓おう」
薄暗い工房に光が差したみたい。
この人は、本当に——ずるい。
「い、いや、そんな話……お、オレ……」
「——ルキア。僕はルキアの味方だよ」
「……え?」
「何を選んでもつき合うからね」
「……あ、」
「だけど——自分の気持ちを、間違えないで」
「っ!!」
ネル先生の言葉に、ルキアが兄さんに向かって勢いよく頭を下げた。
「——オレっ!! 魔道具師になりたいっ!! ルーチェで認められる魔道具師になりたいっ!! ——よろしくお願いします!!」
……The体育会系。ルーチェの傭兵たちが、大好きなヤツ。
一世一代ってくらいのルキアの気迫に、兄さんは酷く愉しげだ。
「おー、期待してる」
「ッス!!」
「では——卿、早速ですが。まずは試作品として、ルーチェ領で限定的に使ってみてはどうでしょうか。熟練の傭兵に使っていただくことで分かる改良点もあるかと存じます。その辺りのお話は……内々に。——いかがでしょう?」
「お。ノリノリじゃねぇか、先生」
「卿こそ」
……いや、俺のことばっか言うけどさ。兄さんだって大概だと思うよ?
美人と子供が「ケッケッケッ」って笑ってるシュールな光景。
殿下とエビネ様は相変わらず「この魔石、冷たくて気持ちいいですねェ」とか言い合っているし。
「炎天下の訓練時に甲冑の中に忍ばせれば、少しは涼がとれるでしょうか?」
エビネ様の呟きにも似た、切実な言葉。
……あ、さっきの冷たいマグカップ。
「ねぇエビネ様。さっきの冷却維持の魔法陣、水袋に付与してもらえばいつでも冷たい飲み物を飲むことができ——」
「是非!! 依頼させていただきたい!! 今すぐに!!」
……今度差し入れする時は、絶対に冷たいものにしよう。うん。
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