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51. 双子の兄はスラムを歩く



「——で。なんでお前らもついてくるんだよ」


 呆れたような兄さんの口ぶりに、俺は緩みっぱなしの頬を引き締める。


「だって、俺だって関係者だし。……魔道具師(アーティフィサー)の工房、興味あるし?」

「本音漏れてんぞー」

「私は……次期辺境伯爵に、城下を案内せねばと……」


 殿下、その理由は苦しいです……

 あ、俺、殿下に工房へ行く日を漏らしたわけじゃないからね!?

 ……で、どうして知っているのかと言えば。


「王太子殿下までルキアの工房に興味をお持ちくださって……! 僕、嬉しくて——!」


 なーんて、目をキラキラさせてるネル先生に、誰が何を言えるというの。


「ルキアの家……あ、工房は、僕にとっても実家のようなものなんです。僕、師匠のところに来るまで家族っていなくって。師匠の元でルキアに出逢ってから、家族みたいにしてもらえて——すごく、感謝してるんです」


 そう言って、ネル先生は照れくさそうにはにかんだ。


 ルキアの工房は、城下でも貧民街……スラムの方にあった。

 事前に聞いていたから、浮かないように服装は質素にしたけど……それでも、浮く。

 髪色で身元がバレてしまう殿下は、どこから調達したのか旅人風の色褪せたフード付きマントを目深に着用し、すまし顔だ。

 ちなみに、今日はオフであるというルキアとネル先生は、完全にこの場に溶け込んでいる。

 特にネル先生なんて、王城魔術師団(コートルーンメイジ)を示すフードクロークを脱ぎ去れば、ただの子供だ。


「大人数で、すまないな」

「あ、いえ! むしろ、汚ぇし狭ぇしで、申し訳ないんスけど……」

「お前、バカデケェからな」

「褒め言葉か?」

「ウッザ」


 殿下が同行するのであれば、エビネ様が外せるわけもなく。

 結局いつもの御一行様で、ルキアへの礼を果たすことになった今日。


 ……目立つこと、この上ない。



「……お貴族サマ歩かせる道じゃないッスよね」


 ……まぁ、確かにね。

 王都の大通りから一本外れただけでこれって、どうなの?

 いやまぁ、想像はしてたけど——思ってた三倍はアウト。

 石畳はぼろぼろ、建物はぐらぐら、空気はどんより。

 ついでに視線が痛い。めっちゃ痛い。

 完全に「カモ来ました」って顔で見られてるんだけど。

 え? あ、うん、知ってる。ここでキョドったらダメ。

 こういう時は、逆に堂々と。

 明らかなゴロツキにニコッと笑ってやれば、そそくさと路地裏へと消えて行く。

 うん、いい子。


 苦く笑うルキアに、兄さんは蒼穹の瞳を殿下へと走らせ、口角を上げる。


「確かにな。……おい未来の国父、しっかり見とけや」

「——心得た」


 華やかな王都の裏側。光があれば影もある。

 甘やかな“ののの”ワールドでは描かれることのなかった、闇の部分。

 ——もしかして殿下、分かってて一緒に来たのかな?


「ネル! あそぼー! ……あれ?」

「……せーじょさま?」

「ルキア、それせーじょ?」


 従者としての感慨にふけっていると、路上で遊んでいた幼い子供たちにわらわらと取り囲まれる。


「せーじょだ! きしもいる!」

「シャキーンしてよ、きし!」


 おぉ、エビネ様大人気。

 腰に差した剣に興味を示すのは、やっぱり男の子たちだね。


「こらっ! お前ら、失礼なことすんなって!」

「ルキア、構わん。……しかし、ここで抜いても問題はないか?」

「え!? あ、それは全然……」

「そうか」


 爽やかに微笑んだ優男は、子供たちから安全な距離をとると、鮮やかに剣を抜いて魅せる。


「わぁ!」

「すげぇ、もういっかい!」

「かっこいいー!!」


 完全に子供たちのヒーロー化したエビネ様の姿に、呆気にとられるルキア。


「アイツ、兄弟多いから慣れてんだよ。気にすんな」

「そ……ッスか?」

「ありがとうございます。本物の騎士様にお相手していただけるなんて——みんな喜んでます!」


 うんうん、確かに。

 エビネ様みたいな包容力のある兄さんも憧れるよねぇ。

 なーんて、一人納得していたら。

 くいっと服を引っ張られる感覚に下を向けば、俺の傍にも数人の子供たち。


「どっちがせーじょ?」

「おまえ? こっちのおっきいほう?」

「せーじょはぎんのかみときらきらのめ、なんでしょ?」


 小さな手がぺたぺたと伸びてくる、可愛い。


「あー、えっとね、俺もこの人も、聖女様じゃないんだ。男だし」


 夢を壊しちゃうようで悪いけど、事実なのでね。

 傷つけないように、優しく……


「えー、うそだぁ」

「うそついちゃいけないんだー」

「ぜったい女の子でしょー?」


 ……なんか、抉られたんだけど。


「ハハッ! ガキ相手じゃ怒れねーよなぁ?」

「じゃあ、こっちがほんもののせーじょか」

「おそらのおめめ、きれいね」

「せーじょさま、おっきかったんだね」

「おんなのこはらんぼーなことばつかったらめって、ままがいってたよ」


 無垢な子供たちの笑顔に、兄さんの表情が引きつる。


「ぶふっ!」

「……エビネ貴様、覚えとけよ……」


 辺境の子供たちとはまた違う雰囲気を持つ子供たちに向かって、兄さんが指を弾く。


「わぁっ! きらきら!」

「やっぱせーじょじゃん!」

「違ぇよ、男だっつってんだろーが!」


 ≪光祝(ルーチェ)≫の粒子に包まれた子供たちが、天に向けて両手を上げる。


「……元気でいろよ、クソガキども」


 はしゃぎ声を背に、俺たちはルキアの工房へと再び足を進めた。

 一度だけ振り返った殿下は、子どもたちの姿を目に焼きつけていたのかもしれない。





 案内された先は、他の建物と大差のない、むしろ少し古びた小さな家だった。

 歪んだ木の扉。

 工房というわりに、看板はない。



 …………あれ? でも、この外観、なんか見覚えが——……



「ここか?」

「ッス。……あの、家と工房と店が、全部ごちゃごちゃで……」

「ハイブリッドだね、素敵! お邪魔しまーす!」


 ルキアが気まずそうに視線を逸らす。

 なんで? 知る人ぞ知る秘密基地っぽくて最高じゃない!

 ルンルンで扉を押せば、錆びた蝶番が派手な音を立てた。


 薄暗い空気と埃っぽい匂いがふわりと流れ出てくる。

 中は、思っていた以上に雑多だった。


 四方の棚という棚には、所狭しと物が詰め込まれている。

 小瓶、書籍、杖、……あれは魔石? ——そのどれもがぐちゃりと押し込まれ、ぱっと見ではそれが売り物なのか、ただの私物なのかも判別がつかない。


 入店してすぐにある、銭湯の番台を思わせる古びたカウンターには、出しっぱなしの工具に素材。


 その奥は布のカーテンで仕切られていて、奥行きがあるのかすら分からない。


「……こっちが、工房兼店。で、奥が生活スペースなんスけど……」

「そうか」


 店内を見回す兄さんの反応を、ルキアが目で追う。


「……ルキア、ちゃんと片づけておきなって言ったのに……」

「し、しょーがねーだろ!? これでも片づいた方だぞ!?」


 頭を抱えるネル先生に、ルキアが必死で言い訳する。

 あー、職人あるあるってやつかな。辺境の魔道具師にも結構いるよ。

 すっごい魔道具を創るのに、片づけ壊滅的なタイプ……


「あ、あの、これっ!」


 手近な棚から取った、掌サイズの赤味を帯びた石。


「発火の付与があるッス。炎の魔石を使わなくても、火が楽に起こせるッスよ」

「安価に購入できるって、結構人気があるんですよ! 僕ら平民にとって、魔石は高価なので。こちらも、使用回数の制限はあるのですが……」

「すごーい! 使うの勿体ない!」

「そこは使ってください……あ、あとこれも!」


 見た目はマグカップ。ネル先生に手渡されて拝見すると、底に魔法陣が。


「中身の温度を一定に保てるッス」

「温かい飲み物が冷めません!」

「すごい、便利グッズだね! ……ティーカップにしたら、貴族にも需要ありそう?」


 俺の言葉に、殿下が頷く。


「そうだな。腕の悪い者を数名辞させてもよさそうだ」

「ひぇ」


 ……いや、それ、軽く言っていいやつじゃなくない?


「……冷たい方もあるのに……」


 グラスを手にシュンとなるネル先生に、ごめんってなる。

 でもこの魔道具は、王都では鬼門かも……使用人の仕事が減っちゃうやつ。

 ……下手したら、洒落にならない。


「あ、じゃあこれは?」


 反対の棚から引っ張り出された布地。


「腰に巻くと、農作業がちょっと楽になるッス。……ちょっとッスけど」

「例えば?」

「還暦超えのおじいちゃんが、何人もの人手を雇って耕すような畑を、お一人で耕せるくらいです」

「それ、すごくない!?」


 なんでちょっとなの!? 謙遜しすぎ!


「いや、その……」


 口ごもったネル先生に、ルキアが言い難そうに口を開く。


「……身体が楽になって疲れを感じねぇから、自分の身体の限界超えて働いちまって——数日間寝込んだッス」

「あー、ね……」

「布に付与した風属性の魔法陣で身体の経穴を刺激して、疲労や負荷を少しずつ散らす仕組みなんッスけど——使い所が難しくて」


 そっちかー……

 なんか惜しいよねぇ。


「でもでもっ! 適度に使えば重宝するって人気なんです! ほら、荷運びとかにも——」


 つまり、前世でいうサポーター的なアレに近いのかな?

 ——いや、身体の疲労を散らすってことは、リカバリーウェアの方か。

 メーカーありすぎる上に結構お値段張ったから、結局試せなかったけど……ほら、ゲームに熱中してると気づいたら身体がガチガチだった——ってあるあるでしょ? 欲しかったんだよね〜

 ……いや、こっちのは効果レベチっぽいけどね。


 見た目は本当に、ただの軽い薄布。

 それ越しに見える、お忍びでも騎士を務めるエビネ様の姿——……いつ休んでるのかな?



 ……あ、そうだよ。

 今こそ、リカバリーウェアの出番じゃない!



「働く時じゃなくて、休む時に使えばいいんだよ」

「……は?」


 怪訝そうなルキアに、喰いついてしまう。

 だって俺、今、絶対イイコト思いついた!


「ねぇルキア、この布で洋裁は可能? 寝衣は作れる?」

「え? ……あ、まぁ、イケると思うッスよ? 裁断箇所に気をつける必要があるッスけど」

「だったらさ、寝るときに着ればいいじゃない!」

「はぁ?」

「使い所、だよ!」


 好感触な返答に、エビネ様に布地を手渡す。


「これ、騎士団の寝衣にしたら効果ありそうだと思いませんか? 身に纏うことで身体が楽になるなら、訓練や実戦で酷使した身体を休める助けになるんじゃないでしょうか!?」


 つまり、リカバリーウェア的なもの、なんだけどね。



「あぁ——遠征時に身体を効率的に休められるのは嬉しいな……」


 エビネ様が納得したように頷くと、目を細めた。

 日々の厳しい訓練には、癒しの時間の充実が大切だもんね。



「加工の依頼はできるのか? 是非一つ頼みたい」

「あ、俺のもお願いっ! あと兄さんの分も! 殿下もお揃いにしませんか?」

「あぁ、もちろんだ」

「っ、——はいっ! 喜んで!」



 ルキアが頬を紅潮させ、上擦った声で応じる。

 その手は、ほんのわずかに震えていた。

 上手くいけば、王城騎士団から大量注文が取れちゃうかもよ?

 あ、効果によってはルーチェの傭兵たちにも欲しいな。


 そして俺も、前世で試すことのできなかったリカバリーウェア(仮)をついに——!!



「……やったぁ……! ルキア、よかったねぇ——……!」



 隣で、ネル先生が涙ぐんでる。

 多分、この場で一番喜んでいるのは。

 兄弟子を応援し続けている、この子なんだろうな。


 ……リカバリーウェアに浮かれてて、ごめん。




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