50. 双子の兄は魔道具にときめく
エビネ様に拝み込んで使用許可をもぎ取った訓練場。
……そのせいで自ずと殿下にもバレて、今もしっかりと見守られております、はい。
掌がぶつかる乾いた音と共に、一直線に首をめがけて飛んでくる≪光弾≫を、指を弾き≪光盾≫を展開、粉砕する。
次の音が響く前に連続で指を弾き同じく≪光弾≫で応戦するも、チェシャ猫のように細められた蒼穹は魔法陣の刻み込まれた掌を突き出すだけで≪光盾≫を展開、攻撃をいなしてしまう。
「狙うなら首だ、コントロールが甘ぇ」
「俺は質より量派だよ!」
「大丈夫だルナリア。きみはいつだって素晴らしい」
「ふぁっ!?」
不意打ちの言葉に、思考が一瞬飛ぶ。
「……殿下、今は戦闘中です」
静かに釘を刺す、エビネ様の苦笑交じりの声。
「事実だ」
ちらりと視線が合った殿下は、わずかに目元を緩めていて。
「おいエビネぇ、そいつ黙らせとけ!」
「殿下、ルナリア様の気が……ですから、ね?」
「そんなところも愛い」
って、逆効果だよ!? 顔面に血液が集中しちゃう!
エビネ様の目が遠くなって……そこで、諦めないで!?
いや、俺だってコントロール、そんなに悪くないんだよ!?
これだけピンポイントで急所を狙った攻撃ができる、兄さんの方がおかしいんだよ!
誰でも簡単にインナーブルを射抜けると思うな!
それでも、眉間を狙って≪光弾≫を放つ。
だけど、同じく右手の開閉のみで放たれた≪光弾≫によって相殺され、爆ぜた魔力が煌めく粒子となって訓練場内へと降り注いだ。
スノードームのような幻想的な光景。
先ほどまで闘技場見物のノリではしゃいでいたルキアが、テンション高く声を上げる。
「スッゲ……! どんな魔法陣を生成すればこれを再現できんだ……?」
「……ここまでくるともう、魔力そのものの純度じゃないかな」
ネル先生の言葉に、兄さんと顔を見合わせる。
純度? そんなこと、考えたこともなかった。
“ののの”にも、そんな設定はなかったし。
「神官様の光魔法も拝見したことがありますが、このような現象は現れないんですよ」
「……確かに。≪光癒≫では度々世話になるが、ここまで輝くことはないな」
ネル先生の仮説に同意するように、殿下に続きこちらへと近づいてきたエビネ様が頷く。
……ほほーん?
それ即ち、俗に言うヒロインチートというヤツが関係しているかもしれませんな。
光魔法を使うヒロインのスチルは、いつもキラキラを纏っているからね!
開くと凛とした表情のヒロインのアップが引きになっていって、キラキラのラメラメで、もうすんごくいいんだよね〜……なーんて、言えるはずもなくて。
「ここでも聖女の末裔ってヤツが絡んでくる、みたいな?」
「あくまでも、僕の仮説の域ですよ?」
「んなの、どーでもいいだろ。血筋なんて、使えなきゃ何の意味もねぇ」
あ、兄さん俺より雑。らし過ぎる。
エビネ様が苦笑しながら兄さんの肩に手を置いた。
「……マジで、変なお貴族サマ」
「お、非礼かぁ?」
「えっ!? あ、いやその……っ!」
「もうルキア! 卿、申し訳ありませんっ!」
慌てて口に手をやるルキアと頭を下げるネル先生に、兄さんは愉快そうに笑った。
……兄さん、いろいろ分かってて遊んでるよね……
辺境は平民だらけだからね。こういう扱いには慣れてるんだよ。
開口一番に喧嘩売ってくる新参者の傭兵とか、普通にタイマンはるもの。
え? それはないって? ……ルーチェ流なの!
王城魔術師団長の側近であり、ネル先生の兄弟子だというルキアは、根っからの平民だ。
ポーカーフェイスを美徳とする貴族と真逆をいく彼は、高貴な血がひしめく王城内において、酷く浮いている。
常にネル先生を護るように傍に控える彼が、“狂犬魔術師”の通り名を持つと知ったのは、つい先日のこと。
王城魔法師団の中でも指折りの高貴な身分であらせられるという人物に食って掛かり、謹慎を食らったのだという。
「だってあいつら、ネルのこと——っ! ネルは確かにガキだし小せぇッスけど、魔術の腕は本物ッスから! 師匠だって言ってたッスから!」
「ルキア、落ち着いてよ。僕は気にしないから、ね?」
「お前も! そんなんだから口だけの狸野郎共に舐められるんだっての!」
「またそういう言い方する! めっ!」
窘めるネル先生、もうどちらが大人か分からない。
アレだよね、ルキアって身内のことになると沸点低くなるタイプ。
ちょっと身内馬鹿な一面があるのかもね。
思い出しガルガルするルキアを茶化すように、兄さんは笑う。
「んなのいちいち相手してたらきりねぇだろ。俺だって王都じゃ“顔だけ次期辺境伯”呼ばわりだぜ? 気にする方がバカらし——」
「兄さん、それ言ったの誰? どこの家門? 詳しく教えて?」
真面目に聞いたのに、場の空気が凍りついた。
何? 殿下まで、なんでそんな引き攣った顔で俺を見るの?
……アレ、なんだったんだろ?
「ま、見ての通りだ」
ぶらぶらと振っていた右手を、ネル先生へと差し出す。
その手を恭しく取ったネル先生の眼差しが、スッと引き締まる。
光の魔法陣が刻み込まれた掌をじっと見つめていたネル先生が、やがてふわりと目元を緩めた。
「お身体に不調はございませんか?」
「ねぇな。何ならもう片手と両足あるぜ?」
ニィっと余裕の笑みを浮かべる兄さんに、ネル先生が困ったように微笑む。
「これ以上の付与は危険です。……先日、過剰な付与に耐えきれなかった杖が砕けました」
柔らかく告げられた言葉に、さすがの兄さんも引き攣る。
「既に詠唱を必要としない領域に入ってしまいましたからね。“過ぎたるは及ばざるが如し”——先人の教えです」
「……わーったよ、ここらで勘弁しといてやる」
「ご理解いただき感謝を申し上げます、卿」
壊れ物のように触れていた手を離すと、ネル先生は嬉しそうに続ける。
「ご足労をいただき、誠にありがとうございました。これだけ安定していれば、もう心配はないかと」
その言葉に、胸の奥に溜まっていたものがようやく落ちた気がした。
兄さんへの魔法陣付与から3日後。
念のために経過観察をさせてほしいとのネル先生からの申し出に応じるかたちで、俺と兄さんは王城へと足を運んでいた。
ネル先生とルキアは自分達が出向くって申し出てくれたんだけど、悪目立ちさせてしまうことは本意じゃないからね。
王都って何気にいろんな目があるんだよね、煩わしい。
え? カルミア?
地下牢からは出してもらえたけど、自室での謹慎はまだ継続中。
相変わらず元気にギャーギャー騒いでいて、何というか……俺、もうあのゲームできないかも。
『あなたに怪我がなくてよかった』って、攻略対象を庇って怪我を負いながらも微笑んでいた神スチル……
今はもう、すっごく白々しく感じてしまう。
あそこ、めっちゃ好きだったのに。
あのスチル欲しさにどんだけ課金したと思ってんの……
そんなカルミアの態度に兄さんも思うところがあるらしく、ついに領地の父さんにお伺いを立て始めたって。アルフがそれとなく教えてくれた。
領地返還処分になったら王立学園への入学も何もなくなるわけだけど、どうするつもりなんだろう?
いくら在学の義務があるっていっても、そもそも王都に出せないレベルの子女であるって当主が判断を下したとなれば、そこは介入されないからね。
家門にとってとんでもなく不名誉なことではあるけれど、今のカルミアじゃ入学させた方が家門の不名誉に成りかねないし。
ただ——決定打がないんだよね。
結局、シャンデリアのアレだって、最重要容疑者ではあるものの、証拠があるわけじゃないし。
言動がアレなのだって、そもそもがそういう奴だろって言われたらもう、「あぁ……」としか……
「傷は、やはり目立ってしまいますね……」
「んなとこまで見る奴いねぇよ。正式な場では手袋でもつけときゃ問題ねぇしな」
ネル先生と兄さんの温度差!
……兄さんはそう言うけどさ、公的な唯我独尊を許されるルーチェは、言ってみれば敵もそれなりに多いわけで。
重箱の隅を突くような粗探し連中の対策は、考えなきゃね?
軽く笑う兄さんに、ネル先生が口を開く。
その視線の先では、ルキアが先ほどからそわそわとポケットから手を出したり仕舞ったりを繰り返していた。
「ルキア、卿にお渡しするんじゃなかったの?」
「っな!? あ、その……」
集中する視線から逃れるように、真っ赤になったルキアがフードクロークのポケットから何かを取り出し、兄さんへと突き出した。
「これっ! 使えば、それ、多少はマシになるんじゃねーかな……って!」
「なんだよ……お、魔道具か?」
「傷のある方の手に……広範囲への効果は、まだ難しくて……」
掌に乗せられていたのは、銀のリング。
摘まみ上げ観察する兄さんに倣って、横から覗き見る。
見た目は、装飾も何もない、つるりとした鏡面仕上げ。
前世で言うところの、結婚指輪ってところかな。
だけど、内側にはびっしりと繊細な刻印が刻み込まれていた。
——なかなかの腕を持つ職人の仕事とお見受けする。
「魔法陣だな」
「ですね」
「護りの魔道具の類に、よくある」
そう言って、俺の隣で観察していた殿下は、自らの指を彩るリングを示した。
王族が身につけるに相応しい装飾が施されているせいで、一見すると分かりにくいけれど。
そっか、魔道具だったのか。
王城魔法師を始めとする貴族が平民である魔術師を格下認定しているせいで、その派生である魔道具に対する心象もよくはない。
魔道具は加護無しである平民たちが使用する物とされ、それを生み出す魔道具師の地位は魔術師以上に低く位置づけられている。
……そのくせ、王族も利用しているなんてね。なんて皮肉。
「ルキアの家は魔道具の工房なんです。ルキア自身も職人なんですよ」
「バカッ! やめろよ、そういうのは、」
「へぇ? なら、これもお前が?」
「っ!?」
光に翳し刻印を眺めていた兄さんの言葉に、ルキアが首まで真っ赤に染め上げて声を詰まらせる。
「……そッスよ!! ……い、嫌だったら、別に——っ!!」
「すげぇな。見事な仕事だ」
「……え……?」
「ですね。ルーチェの職人にも、勝るとも劣らない」
ルーチェ領は、加護無しである傭兵が大半を占めるからね。
魔力を持たない傭兵たちにとって、魔道具は必需品。
命がかかってるからね。
なので、我が領地は魔道具師の移住も大歓迎。
王都での扱いに嫌気がさした魔道具師たちが切磋琢磨してくれるおかげで、実はかなり魔道具のレベルも高いんだよ。
……まぁ、魔道具師たちの意向もあって、公にはしてないんだけどね。
頬を紅潮させ瞳を潤ませるルキアに、兄さんは何の躊躇もなくリングを指にはめた。
内側の刻印面積の関係なのか大きめのリングは、兄さんの右手親指にしっくりと収まる。
「お、」
「うわ、すごっ!」
「……ほぅ」
「これは……驚いたな」
兄さんの掌にくっきりと刻まれていた魔法陣が、指輪をはめるなり、まるで≪光癒≫をかけたかのように消えた。
「……視覚阻害の魔法陣を刻んでみたッス。……これなら、見られたって問題ないっしょ?」
「視覚阻害?」
すっかり元に戻った兄さんの掌に触れる、と。
「あ……確かに。見えないだけなんだ?」
「あくまでも、視覚阻害だから……」
「傷を癒すといった類の魔道具もあるにはありますが、傷跡や古傷までをも癒せるものは、まだないんです」
「身体の一部として認識されてしまうってこと?」
「——はい! 本当に、ルナ様は魔術への造詣が深くいらっしゃる!」
「私の従者だからな」
「素敵です!」
いやいやいや。殿下、今それ関係ないからドヤらないで、可愛い。
ネル先生も素直に頷かないで、可愛い。そして尊敬の念にも似た眼差しが痛い。
前世で読み漁ったラノベやらコミックの浅知恵です、ごめんなさい。
「光の魔法陣の研究は、神殿の管理が厳しいのもあって。なかなか進まないのです」
なるほど、光の魔術を神殿が掌握しているのであれば、それは必然。
自分たちの存在意義を揺るがしかねない癒しの魔道具なんて、無用の産物にすぎないものね。
「ちなみに、その魔道具に付与したのも光の魔法陣からなるものです。……お取り扱いには、くれぐれもご注意くださいね」
「……そうか。気を遣わせたな」
「いいえ。僕たち、win-winでしょう?」
「——ハハッ、言いやがる」
ネル先生の悪戯っ子のような言葉に、兄さんが艶やかに笑んだ。こういうの、好きだよね。
「不思議な感じがするな」
「……おいエビネ、擽ってぇ」
「あぁ、すまない。つい」
滑らかな肌に触れているのに、指先に感じる攣れた傷跡の感触。
……あぁ、すごい。魔術はすごい。
その技術を落とし込むことで成立する魔道具、なんて尊い!
右手をひらりひらりと様々な角度から観察していた兄さんが、やがてルキアを見据えニッと口角を上げる。
「気に入った。礼は何を望む?」
「ぅえっ!!?」
「すごいルキア! ルーチェだよ!? あのルーチェが認めてくれたっ!!」
喜色を露わにルキアに飛びつくネル先生が、可愛い。
その言葉にルキアは大きく目を見開くと、ピンと居住まいを正した。
「れ、礼っ!? はぁっ!? 魔道具師の聖地であるルーチェが認めてくれただけで、オレ——っ!! あ、あとオレ、魔道具師、いや、今は魔術師か。いや、だからオレ、平民で——」
「知ってるっつーの。ほら、早く言えよ、何かあんだろーが。……こんなチャンス、今回だけだぜ?」
兄さん、言い方ぁ。
——そしてルキアは、それまでの威勢のよさが嘘のように小さな声を絞り出した。
「……じゃ、じゃあ——う、ちの、工房……見てほしい、ッス……」
それはもう、何かを覚悟したかのような、切実さで。
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