05. 俺は未来を思い出す
「旦那様——」
「あぁ、分かっている。ルナリア、横になりなさい。痛むようならもう一度≪光癒≫をかけよう」
母さんの呼びかけに、父さんが頷く。
滑らかな動きで近づいてきたセバスが、優しく横になることを促してくれる。
その手をそっと受け止め、大丈夫、と呟いた。
すると、清潔感のある香りがするハンカチで優しく目元を押さえてくれる。
「……ありがと、セバス」
「もったいないことでございます。……っ、ルナリア坊ちゃま……?」
モノクル越しの優しい目元。
家令としての職務を離れると、彼はたちまち好々爺になる。
俺たちにとって、セバスは頼りになる家令であり、優しく甘いおじいちゃん。
——もう大丈夫、鮮明に思い出せる。
ベッドへと近づいてくる父さんに微笑みかけた。
「大丈夫だよ父さん、どこも痛くない。……ちょっと記憶が混乱してたみたい、ごめんね」
「本当か!? ……一時的なものだったのなら、ひとまずは様子を見ても……いや、しかし——」
魔物討伐の指揮においては即断即決なのに、こういうところではああでもないこうでもないと悩む父さんが好きだ。
誕生日プレゼントとか、最後の二択が決められなくて、結局両方プレゼントするタイプ。
ヒロインの父親の人物像なんて、ゲームにはなかったなぁ……
まぁ、あのゲームはヒロインのカルミアが王立学園に入学してからの話なわけだから、当然か。
兄さんもヴェルクも、ゲーム内での登場はスチル1枚のみ。
カルミアが葬儀の様子を思い出す時のみの登場。
セピアカラーだったから、せっかくの銀髪も宝石眼も分からずじまい。
母親が闇の加護持ちなんて、ファンブックにもなかった新事実だよ……
設定の無駄遣いだよ、勿体ない。
「大丈夫です、安心してください。父さんが王都に近づきたがらないのは、第2夫人の座を狙うご夫人たちに囲まれるのが面倒だからってことも思い出しました」
「旦那様、後で詳しくお教えくださいな」
「……ごほん」
父さんが絡むと途端に嫉妬深くなる母さんの尖った視線。
露骨に目を逸らす父さんに、笑ってしまう。
苦笑いしながら聞いている兄さんにも、にーっこり。
「兄さんの学園での二つ名は“氷結の貴公子”で、大多数には瞳の色からついたって思われてるけど——」
「おい、やめろ」
「兄さんにお茶会の誘いを一刀両断された某令嬢の呟きからついたっていうのは、本当?」
「……エビネの野郎だな。余計なことを吹き込みやがって」
眉を顰めながら深いため息をつく兄さんだが、否定することはなかった。
……おぉ、本当だったんだ。
「あら、随分と詩的な爪痕を残したじゃない」
ケラケラと笑う母さんに、同意してしまう。
「カルミアはね、王都でも噂になってるよ。聖女の末裔であるルーチェ唯一の令嬢がついにこの春から王立学園に入学する、って」
「まぁ、本当ですかっ!?」
どうでもよさげにネイルの施された爪をいじっていたカルミアがパッと顔を上げる。
その表情はヒロインに相応しく、健康的な甘さだ。
「だから、カーテシーくらいはできた方がいいと思うよ。淑女教育、そろそろちゃんと受けようね」
「っ!」
「……お前、そんな基礎から躓いてんのかよ」
「そうねぇ。そろそろ本気出さないと、本格的に行き遅れるわよ」
同じ顔で睨まれても、怖くもなんともない。
カルミアが授業をブッチしたせいで暇を持て余した専属のダンス講師に捕まって女性パートを踊らされた恥ずかしさは——絶対に忘れないからな。
「もう、ルナお兄様は相変わらず意地悪ですね! もう知りませんっ!」
ガン飛ばした次は、プイッとそっぽを向く。
「もう遅い時間ですし、私は休みます! おやすみなさいっ!」
体幹のブレたぎこちないカーテシー。
淑女にあるまじき荒い足取りで部屋から出ていってしまった。
「やっぱり、ルミィちゃんよりルナちゃんのカーテシーの方が上手だねぇ」
ある意味一番人を抉る末っ子が、にこにこと朗らかに事実を述べる。
「そうか、ルナリアはカーテシーまでできるのか。さすがはパパの子だ」
……父さん、それもズレてます。
「……テメェのことは、分かるんだろうな?」
腕組みをした兄さんが、探るように俺を見た。
勿論、と、指先を鳴らす。
「わぁ……っ!」
部屋中にいくつもの柔らかな光が浮かび上がり、ふわふわと舞い踊る。
明かりを灯すだけの初級生活魔法も、こうすると美しいのだ。
「ぼくもやる! えっと、“光よ——ぼくの声に応えて、暗いのをなくして! ≪光灯≫”!」
可愛らしい詠唱と共に、ヴェルクの小さな手のひらから淡い光が一つ、ぽわりと浮かび上がる。
「お! すげぇなヴェルク、チビのくせにいつの間に魔法使えるようになったんだ?」
「もう5歳だもん! ソルくんのいじわるっ!」
丸いほっぺたをぷくっと膨らませるヴェルクが可愛い。
魔法が使えるようになるのは、魔力が定着し始める6歳頃からとされている。
この年齢で魔力の安定が見られるなんて——そのうちヴェルクに超えられてしまうかもしれない。
ベッドの上で立ち上がったヴェルクが光に向かって両手を伸ばし、ぴょんぴょん飛び跳ねる。可愛い。
「うんうん、ヴェルクもすごいなぁ。いつかパパを超えちゃうかもなぁ。可愛いなぁ」
表情ゆるゆるの父さんが呟く。
……なんか、被った。
薄暗い室内をゆらゆらと揺らめくあたたかな光を眺めながら、噛み締めるように言葉を紡いだ。
「俺はルーチェ辺境伯家の次男、ルナリア。15歳で、春から王立学園の魔法科に所属予定。趣味は魔法。……王城の禁書庫入りたさで王太子付従者を引き受けた、“魔法バカ”だよ」
——そう、そして。
ヒロインの双子の兄。
セピアカラーのスチルで埋葬されていた人物——それが、俺だ。
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