46. 魔法オタクはご都合主義を恨む
案内されたのは、魔術塔の研究室だった。
三方の壁は足元から天井まで、全てが書棚。
その棚に目一杯詰まった魔術書に、気が散りそうになるのを必死で堪える。
残る一面には暖炉と、異なる魔法陣の刻まれた数本の杖が掛かっていた。
「あまり綺麗な場所じゃなくて申し訳ありません。この部屋であれば、外部からの干渉は一切ありません故」
「構わん、感謝する」
「勿体なきお言葉」
8人ほどが座れる応接セットがやっと置けるほどしかない狭い部屋。
俺たちにソファを勧めながら、クロークを脱ぎ青年へと手渡す。
自らもクロークを脱ぐ青年と目が合うと、一瞬鋭く尖らせた目を逸らされた。
……俺、何かしちゃった?
「……彼は、僕の兄弟子なんです。僕がこんなだから、表には彼が」
「……魔術の腕は団長の足元にも及ばないんで、できんのはそれくらいスけどね」
「口上、笑われてたよ。もうちょっと頑張ってね」
「ぐ」
年相応の気安いやり取りに、思わず笑ってしまう。
……隣に座る殿下が、僅かに剣呑な気配を纏っている気がしなくもないけれど……なんで?
いつもそれとなくフォローしてくれるエビネ様は、先ほどまた席を外してしまった。
ここは俺が何とかしないと……
それとなく殿下の太腿に手を置き視線を合わせると、すぐに殿下は王太子の顔へと戻った。
……なんだ、気のせいだったのかな?
「では、ルナリア様。先ほどの続きを」
正面に座り促してくるネル先生の目は、どこか楽しそうだ。
……この人、もしかして俺と同類?
だとしたら——思いつきだって、言ってみる価値はある。
「例えば……例えばですよ? 光の魔法師である俺の身体、手印を切るこの手に、光の魔法陣を刻んだとしたら——魔法の発動速度の加速は見込めませんか?」
「っ!?」
言葉にした瞬間、殿下の魔力が身体に絡みついた。
痛いとかはないんだけど、目に見えない何かが確かにそこにある感覚。
この場に魔力が見える人間がいなくてよかった……多分俺、今ホラーなことになってる。
目の前のネル先生は顎に手を当て、真剣に思案してくれた。
「魔法陣は、加護なしである我々が人工的に生み出した魔力と、詠唱に代わるものです。それを魔道具——我々の場合は杖ですね。杖によって火力を加え、術として発動しています」
「はい、存じ上げております」
魔術の基礎だ、齧っていれば誰でも知っている話。
頷く俺に、ネル先生も頷いて答える。
「もっとも、魔法陣を杖そのものに刻み込めば、魔法陣を描く工程を省くことができます。発動速度を上げられる反面、その杖は刻み込んだ魔法にしか使えなくなりますが——」
「なるほど……魔法陣は魔力と詠唱とおっしゃいましたが、魔力のみの魔法陣もあるのでしょうか?」
ネル先生の背後に立つ青年の口元が、ピクッと反応する。
……分かりやすい。
だって、詠唱込みの魔法陣を刻み込んだらその魔法しか扱えなくなっちゃうかもでしょ? それは困るもの。
俺の考えが伝わったのか、ネル先生が困ったように微笑む。
「ございますよ」
「やった!」
「魔法陣のベースです。そこに、詠唱の魔法陣を組み込んでいくんです」
思った通り!
「魔法師に魔法陣、実に面白い取り合わせだと思います。フラットに考えれば、一定の効果は期待できるかと」
思いかけず色よい答えに、緊張が嬉しさへと昇華する。
「では——!」
「ただし、」
……ご都合主義、ここまでか。
反語で一気に緊張に引き戻され、ぐっと顎を引きネル先生の言葉を待つ。
「既に詠唱を必要とせず魔法を発動できるルナリア様には、過ぎた処置になるかと。詠唱は必須と言われる中、手印のみで発動できる貴方は、一つの完成形と言えるでしょう。そこに過度な魔力を加えることは、かえって危険を生み出しかねません。せっかくここまで飼いならした魔力が暴れ出す可能性が大きい。失敗すれば、手印での発動が困難になるか——最悪の場合、魔力に喰われることになる」
「そうか、ならば認められない」
「御意に」
「で、殿下……」
黙って傾聴していた殿下の一言に、ネル先生が胸に手を当て応じる。
早々に、強行するという手段を奪われたわけだ。
……しかし、今回ばかりはそれが賢明なのかもしれない。
そんな危険なこと、自分で試さなければ勧められない。
何か、他の方法を——
「なら、俺はイケるかもしれねぇよな?」
——背後から聞こえた声に、ご都合主義を初めて恨んだ。
話に夢中になっていて、いつからこの場にいたのかさえ分からない体たらく。
「な、んで——?」
「はぁ? お前がまたやらかすかもしれねーって連絡よこしてきたんだよ。なぁ?」
この場へ案内したのだろうエビネ様の肩を気安く叩くと、呆れたようにこちらを睨めつける麗人。
蒼穹の宝石眼が、悪童のように輝いている。
「宵闇の君にもご挨拶申し上げた方がいいか?」
「やめてくれ。貴殿のそれはもう必要ない」
「可愛くねぇな」
殿下の髪までぐしゃりと掻き回す兄さんに、ネル先生も、その背後に控える青年も絶句している。
……あれ、もしかして俺の兄さん、最強なのでは?
「で。今の話、詳しく聞かせろや」
「え、あ……うぅ」
長い脚で器用にソファの背もたれを跨ぐと、俺と殿下の真ん中へと猫のように入り込む。
「ルーチェ辺境伯家の長子、ソルヴァス・ルーチェだ。愚弟が世話になった」
「っ、あ、いえそんなっ!」
慌てて立ち上がりかけるネル先生を片手で制すと、兄さんはその表情から笑みを消し、姿勢を正した。
「構わねぇよ、先生。——それより、今の話の詳細を頼む」
「あ、は、はいっ!」
正直、聞かせたくない。
こんな話、するんじゃなかった。
だってきっと、兄さんは——……
「俺がやる」
絶対、そう言うから——
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