45. 魔法オタクはやらかしかける、その4
「——なるほど、魔法陣を杖自体に刻み込むわけですね」
「はい、仰る通りです。……魔法陣を刻み込んだ杖は、他属性の術で使用できなくなるというデメリットがありますが——」
「術発動速度の上昇という、素晴らしいメリットがありますね!」
訓練場の隅っこで二人しゃがみ込みながらコソコソと勉強会をしていたつもりが、気づけば数名の王城魔術師も取り囲むように参加していた。
「っ! はいっ!! 分かってくれますか——っ!?」
「もちろんですよ! 発動速度を追求するのは、魔法も魔術も同じです!」
「ですよね!? どんなに相手が優れていようと、攻撃さえ先に当ててしまえば、そこに勝機がありますものね!!?」
「はい!! 俺もそう思います!!」
「ルナリア様、魔法はどのような——」
——楽しい!
まだ魔術書にはない新しい試みの考察に、胸が躍る。
試行錯誤段階の事項を教えてくれたのだから、こちらも情報開示をしなければ失礼というもの。
今持ちうる知識を総動員してディスカッションする。
「——なるほど、詠唱を手印で代用ですか……実に興味深いですね」
「ただ、誰にでも応用可能というわけではないんです。魔術のように、誰もが扱える型があれば……」
——兄さんに、あんな顔をさせないのに。
兄さんが詠唱の短縮を試みているのは知っていた。
父さんが、領主として傭兵を束ね先陣を切る姿を幾度も見ているから——……
それ故、発動速度のために後方に回らざるをえない身の上が歯痒いのだろう。
頭では分かっていても割り切れないものって、どうしてもあるからね。
「魔法と魔術の併用を試したりもしましたが、親和性はイマイチみたいですね。弾かれてしまって腕が飛びかけました」
「と、飛びかけた?」
「文字通りです。魔法陣に触れた指が何本か吹っ飛んで——」
「も、もう大丈夫ですっ!! 失礼しました——っ!」
……しまった、コレ、言っちゃ駄目なヤツだった?
両手をきゅっと握り込んで顔を引き攣らせるネル先生の姿に、フォローしなければと焦る。
「いや、全然大丈夫でしたよ!? 幸い腕は普通にくっついていましたから、その場に落ちてた指を拾い集めてすぐにくっつけました! あっ、驚き過ぎて痛みを感じる前でしたし!」
「ヒィィ……!」
え、なんでっ!? コレ、辺境の傭兵にはテッパンネタなのに……っ!
恐る恐る周囲を見回せば、周囲の魔術師たちもドン引いている。どうして——っ!?
「ルナリア、その話は後でゆっくり聞かせてもらおうか」
殿下、怖——っ!!
いつの間にか戻ってきていたエビネ様の目も、心なしか遠くを見て緩〜く微笑んでいる。
「そ、それは置いといてですねっ!? 俺の魔力と魔術の相性が悪いのか、効果が望めなくて……」
「相性……」
青褪めていたネル先生の表情が、ふと引き締まる。
「ルナリア様、その……さ、先ほどの……ゆ、指の、」
「指吹っ飛び事件ですか?」
「ヒィッ!」
「あ、違っ! あ、相性がどうかしました!?」
いけない、せっかく空気が戻ったのに!
……シュロのこともあるし、もう少し命名センスを磨いた方が——
「そういう問題ではないからな」
「ひっ!? で、殿下、なんでっ!?」
「顔に出ていた」
このタイミングで、怖すぎるよ!
闇魔法に心を読むようなものはない——はず。
「あ、あの――その時の魔法陣は、光の魔法陣でしたか? ルナリア様と、同じ属性の……」
「いえ、水でした。あの時は、虹を子供たちに見せたくて……」
……第一王子殿下お得意の≪水霧≫から虹を発生させる技が見事で、自分で再現してみたかった——なんて、絶対に言いたくない。
脳裏を過ぎったハイドレイン様のドヤ顔に、無駄にイラッとしてしまう。
「なるほど……異属性だったのですね」
ネル先生自身が確認するかのように呟いた言葉に、ハッとする。
異属性——その名の通り、属性の違い。
……そうだ、どうして今まで気づかなかったのか。
魔法師には生まれながらに与えられた加護、即ち属性がある。
それ故、他属性との相性という発想は盲点だった。
「……異属性による反発が原因——?」
光の加護持ちである俺には、光魔法以外を発動することができない。
光以外の加護がないのだから、当然だ。
これも一種の反発現象。
——そっか、そういうことか。
魔法と魔術の違いばかりに意識がいっていて、そんな初歩的なことを見落としていたなんて。
……いや、そもそもこの世界では、魔法と魔術を一緒くたに考えること自体が邪道ではあるのだけれど。
あ、ちなみに≪光癒≫や≪光浄≫みたいに、人体を害さない類の光魔法には、反発現象がないんだよ。
ご都合主義、万歳。
俺の言葉に、ネル先生が大きく頷く。
「はい、恐らくは。大抵はそこまで乱暴な現象は起こらないものですが——察するに、魔法陣の出来がとてもよかったのではないでしょうか。そこに、聖女の末裔といった純度の高いルナリア様の魔力が接触したことによる、反発反応かと」
筋の通った説に納得しかけ——ふと、傍らに立つ殿下を見上げる。
ずっと俺を見ていたのか、漆黒の瞳と視線が絡んだ。
先ほどから執拗に身体に絡む、心地よい闇の魔力。
「……ネル先生。今の説だと、光の加護持ちである安定者が、闇の魔力の反発を受けないことの説明が——」
幼い頃の殿下の荒れ狂う魔力に触れても、身体が物理的に傷つくことは一度もなかった。
「安定者を見つけられない闇の加護持ちの大半は、幼少期を超えられない」
あれほど苦しんだ過去を、あまりにも軽く口にする殿下を、思わず睨む。
僅かに震える口角——なんで微笑えるの?
ネル先生は頷きながら、口を開いた。
「おっしゃる通りです。……ですから、これはあくまでも僕の仮説なのですが——闇の加護持ちとその安定者には、特別な何かが構築されるのではないでしょうか? 特異、とでもいいますか……」
「闇の、特異……」
ほぅ……と、周囲の魔術師たちが沸く。
俺たちの会話を元に交わされている意見交換が、ますます熱を帯びる。
迫害されてきた歴史故、闇の魔力はまだまだ謎が多い。
闇狩りなんて馬鹿げたことやる前に解明しようよ、先人——!
「では先ほどの件も、光の魔法陣であれば問題なかったということか?」
「はっ、はい……恐らくは……」
殿下の問いかけに、ネル先生が萎縮し一気に年相応に戻ってしまう。
魔術の話となると、あれほど堂々としているのに。
殿下を前に小さくなるネル先生が持つ、杖。
そこに刻み込まれた魔法陣を見つめていると、ふとある可能性が頭を過ぎる。
「魔法陣を杖、つまり魔道具に刻み込む……魔法陣を魔法師に刻み込めば、或いは——……」
決して大きな声ではなかったそれは、奇妙に一帯に響いた。
目の前のネル先生が瞠目し、俺たちを囲っていた魔術師たちが息を呑む。
「……ふむ。王城魔術師団長、これ以上は魔術塔へ移るのはどうだろうか」
こちらが気になるのだろう、先ほどからしきりに王城魔法師団の視線を感じてはいる。
確かに、あまり公にしていい話じゃないかもね。
でも、本来の合同訓練ってこういう意見交換も込みなんじゃないの?
ちょっと腑に落ちないところはあるけれど、横やりの入らない環境を提案する殿下の申し出は有難かった。
「はい、御心のままに。側近のみで構いません、同席のお許しをいただけますか?」
「あぁ」
「ありがとうございます」
頭を下げるネル先生の背後で、口上を述べた青年が同じく礼を示す。
……え? ちょっ、待って?
「え、王城魔術師——団長様っ!?」
目の前にいる、小さな魔術師さんに瞠目するのは、俺の番。
え? いやだって——えぇ!?
王城魔術師団長は実力で決まるとは聞いていたけど……さすがに思い切りが過ぎない!?
「ふふっ……『いつか、目をキラキラさせながら質問攻めにしてくる、可愛らしい魔法師が現れるから楽しみにしていなさい。その子はきっと、お前が子供だろうがお構いなしだ。だって、こんな老いぼれの元に足繁く通ってくる、変わり者だからね』」
「……え?」
「僕の師匠が、この重責を引き継ぐ際にくれた言葉です」
真実を知った色眼鏡のせいか、先ほどまでのネル先生よりも今は妙に老成して見えるから不思議だ。
「久しく呼ばれなかった魔術師、嬉しく思います」
照れたようにはにかむ小さな魔術師に、怯えの色はもうなかった。
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