44. 魔法オタクは知識を欲す
訓練場は、アイドルのコンサート会場とかで使われる某ドームをイメージしてもらえればいいかな。
この全体に、状態維持魔法がかかっているの。
だから、術の暴発があって観覧席が破壊されたとしても、秒で元通り。
フィルムの巻き戻しを見ている感覚かな。
この訓練場ができた時にかけられた魔法のようで、古すぎて記録が残っていない上に、高度過ぎて再現不可能なんだって。
もう、考えるだけで胸熱だよね!
……で、肝心の合同訓練はと言うと。
俺の胸の高鳴りとは裏腹に——
「……真っ二つ、ですね」
「……そうだな」
魔塔の住人にのみ許されるフードクロークを羽織っているせいで、遠目から見ると黒い塊が二つ。
王城魔法師団と王城魔術師団は、きちんとその場にいるにはいた。
しかし互いに端と端にそれぞれ集まり……かの有名なモーゼの名シーンの再現かしら?
絵に描いたようなギッスギスの空気。
「王城魔法師団長は、いらっしゃいますね……」
王城魔術師団長がどういった人物かは分からない。
が、こうなってしまった以上は古参で最高位である彼が統率をとるべきだろうに。
……あぁいや、そういや彼は、魔術師にあまりいい感情を抱いていなかったっけ。
——なるべくしてこの状況というわけだ、嘆かわしい。
「……ふむ」
「え、あ……殿下?」
そんな中、殿下は事もあろうに魔力を放出しながら、堂々とドームの中心部へと歩いていく。
もちろん、遅れをとらぬようやや後方に付き従う。
俺は従者だからね。
さすが王城魔法師団、外部からの魔力を察知し弾かれたようにこちらへと向き直る。
そして、そこに殿下の姿を認めて瞠目すると、素早く臣下の礼をとった。
奥から走り出てきた年配の男、王城魔法師団長が恭しく口上を述べる。
あ、複数人いる時は、その場で最高位の者が代表して口上を述べるのがマナーなんだよ。
「宵闇の君にご挨拶を申し上げます」
「あぁ、見学をさせてもらうだけだ。私に構わず続けてくれ」
「い、いえ、そういう訳には——」
……いや、構うなって方が難しいでしょう。
貴方、王太子だからね?
魔法師団長がチラッと流してきた視線に、軽く頷いてやる。
殿下のことを名残惜しげに何度も振り返りながら、魔法師たちの元へと戻っていった。
うーん、心ここにあらずになってないか、心配。
魔法師側のやり取りに、反対側で様子を窺っていた魔術師たちがざわめく。
魔法師たちがフードクロークのフードを被らないのに対し、魔術師たちはきっちりとそのフードを被る。
そして、手には杖。一目で分かる出で立ちだ。
歩み寄る殿下の前に、一人の青年が駆け寄ってきた。
ローブから覗く髪はやはり砂色。
こちらを見据える海老茶の眼差しは、どこか尖っている。
「よっ、宵闇の、君に……、ご、ご挨拶を、申し上げます……」
噛み噛みのぎこちない所作は、こういった場に不慣れな平民であることを如実に表している。
背後の魔法師たちの一部が、それを見て嘲笑うのが聞こえた。
……こういうのは好きじゃない。
幼少期から所作を叩き込まれる貴族とは違うんだから。
「突然すまないな。邪魔はしない、少し学ばせてくれ」
「っ!? ……は、ぃ」
青年はもう一度殿下に向かって頭を下げると、魔術師たちの元へと戻っていく。
口上を述べたってことは、彼が今の王城魔術師団長様……?
窺うように殿下を見上げると、俺の視線に気づいた殿下が微かに目元を緩ませ、俺の背へと手を回す。
……いや、違う——からぁっ!
殿下の登場がきっかけになったのか、魔法師と魔術師の各々で訓練開始の兆しが見えた。
「……共同訓練と言うから、互いに実践かと思い込んでしまいました」
魔法と魔術のぶつかり合い、見たかったのに。
意図せず未練がましくなってしまった口調に、殿下が小さく頷く。
「本来であればそれを想定しているのだが、なかなかな……」
溝は思った以上に深い、ということか。
前王城魔術師団長の時は、もう少しマシだったのに。
——でも、一流の魔術師と話せる貴重な機会だ。
気持ちを切り替える。
邪魔にならない位置にまで近づき、会話に耳を澄ませる。
杖の性能に関する情報交換、魔法陣の改良に関する討論——ふと、その中で一際小柄な魔術師の姿が目についた。
傍には、先ほど口上を述べた青年もいる。
周囲の魔術師たちと二、三言葉を交わし、杖で床を叩く。
——瞬間、その場に天井まで届く火柱が上がった。
その足元に——魔法陣は、ない。
「っ、え!? 今の何——っ!?」
思わず駆け寄り、自分よりも小さな魔術師を見る。
ふっくらとした頬に、零れ落ちそうな藍鼠色の大きな瞳。
オーバーサイズの黒縁丸眼鏡が可愛らしい。
……明らかに、子供だ。ヴェルクよりも、年上。でもジャックよりも下だろう。
大きな瞳をますます大きく見開き、ひっと小さく息を飲むとフードを引っ張り髪を隠した。
そのせいで、彼の背丈よりも長い杖が床に倒れてしまう。
「っ、ネル! ……あ、も、申し訳ありませんっ! どうかお許しを——っ!」
小さな魔術師を庇うように、先ほどの青年が前へと踏み出し頭を下げる。
周囲の魔術師たちも狼狽し、震える小さな魔術師に俺への謝罪を促す。
それを、片手を上げて止めた。
脅かしてしまったのはこちらだもの。
謝罪を求める気なんて、毛頭ない。
「はじめまして、小さな魔術師様」
なるべく驚かさないように、柔らかな声を意識する。
目の前の子供は、酷く驚いたように顔を上げた。
「……今、なんて——?」
子供特有の高い声に、緊張が滲んでいる。
あぁ、そんなに警戒しないでほしい。
一切の焦げ跡もなく修復された床に両膝をつき、杖を拾う。
素朴な木製の杖は見た目よりもずっと軽く、熟練の魔道具師による一級品であることが窺えた。
「ルーチェ辺境伯家の次男、ルナリアと申します。小さな魔術師様、俺に今の術について、ご教示くださいませんか?」
両膝をついたこともあり、小さな彼を見上げる格好になる。
可愛いと定評のある笑顔と共に杖を差し出す。
ヒロインフェイスよ、今こそその実力を発揮してくれ——!
少年はおずおずと受け取ると、青年と周囲の魔術師たちを見た。
視線につられ周囲を見れば、驚くほど空気が和らいでいる。
……え、なんで? ヒロインフェイスのパワー?
小さな魔術師さんを庇うように前に立つ青年の表情は、相変わらず硬いままだけれど。
「あぁ、ルーチェの……」
「あの銀髪、道理で」
「聖女様の」
「宝石眼、初めて見た」
「あぁ、光の……」
「前団長がおっしゃっていた……」
ぼそぼそと交わされる会話に、状況が掴めずに背後に立つ殿下を仰ぎ見る。
相変わらずの無表情は、どこか拗ねているように見えた。
「……失礼いたしました。卿、僕でよろしければ——」
触りたくなる頬っぺたを僅かに紅潮させながら、少年は俺に向かって頭を下げる。
その言葉に、青年はようやく一歩下がった。
……えっと、教えを乞うのは、俺の方なんだけど。
だけどここは、年上として俺がリードするところだよね?
「では先生、まずはお名前をお伺いしても?」
「……は?」
間の抜けた声を上げる青年を、周囲の魔術師たちが後ろへと引きずって行く。
いや、そこまでしなくても……
「え、あ、先生なんて、僕はそんな……も、申し遅れました、ネルと申します。平民故、家名はございません。若輩者ですが、どうかよろしくお願い申し上げます」
ペコッペコッと頭を下げる仕草が、いちいち可愛い。
周囲の魔術師たちがハラハラ見守っているけど、このくらいの年齢でこれだけできれば十分だと思うんだけど。
辺境伯領基準は甘いのかしら?
……魔法重視でマナー教育は基本を押さえる程度だったことを考えると、そうなのかもしれない。
特に俺、早々に成人後は領地に残る宣言した次男だし……
「ではネル先生、俺のことはルナリアと。爵位を継ぐ予定もありません。どうぞ気楽に接してください」
「そ、そういう訳には……」
「ネル先生……距離を感じてしまい寂しいです」
必殺、ウルウルの目。
カルミアだけの専売特許じゃないんだぞ。……恥ずかしいけど。
「うっ! ——わ、分かりました、ルナリア、様……」
子供にも効果ありって、ある意味すごくない?
まだ距離感はありまくりだけど、いきなりゼロを求めるなんて、さすがに欲張らないよ。
でも、これで少しは話しやすくなったよね?
「ではネル先生、早速お願いいたします!」
笑顔を意識——するまでもなく、自然と溢れてきちゃうよね!
……なんか、背後の殿下から発せられる魔力が若干禍々しいんだけど。
で、それを察知できる魔法師たちがざわめいてるけど——まぁいっか。
さぁ、楽しい学びの時間の始まりだ!
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