41. 双子の兄は心乱れる
「きゃあ! 何があったのっ!?」
フロアに響き渡る甘く甲高い声。
正直——今、一番見たくなかった人間。
繊細な淡いピンク色のレースがふんだんに使われたドレスに、揃いのリボンで丁寧に編み込まれた艶やかな長い銀髪。
キャンディピンクの宝石眼を大きく見開きながら階段上で立ち尽くすその姿は、さながら天使といったところか。
「誰か来てっ! ルナお兄様がお怪我を——っ!?」
「……俺なら大丈夫だから、騒がないでよ」
舞台女優みたいな台詞回しに、何ともいえない苛立ちと脱力感が襲ってくる。
階下の俺と目が合ったカルミアの表情が、露骨なまでに引き攣った。
「あ、あら、ご無事でしたか……よ、よかったですね!」
……よかったって顔、してないけどね。
アルフがさり気なく俺の前へと身体をずらし、カルミアの視界から遮った。
「でしたら、ショッピングに参りましょうか! お約束していましたものね!」
両手を軽く握って頬に当てる、ヒロインのきゅるるんポーズ。
大好きなスチルが実際に見られたのに、今はその薄気味悪さに鳥肌が立つ。
「今日の外出は取り止めだ。部屋に戻れ」
「——え?」
兄さんの指示に、カルミアは目を剥いて声を荒げた。
「どうしてですか? 私は関係ないではありませんか!」
「……関係ない?」
兄さんの柳眉が跳ね上がる。
カルミアは臆することなく、良く通る声で訴えかけた。
「確かに、大変なことが起こったのかもしれません。ですが、結果的に問題なかったではありませんか。シャンデリアが壊れてしまったのは悲しいですが……お怪我だって、治せたんですよね? ほら、ルナお兄様はお元気ですし!」
にこっと愛らしく微笑むカルミアは、ゲームのスチルそのままだ。
誰もが愛さずにはいられないそのヒロインの笑顔に、この場にいる全員が混乱していた。
こめかみに指を押し当てた兄さんが、苛立ちを滲ませた声でカルミアに告げる。
「とにかく、今日は駄目だ。確認すべきことがある」
ヒロインスマイルから一変、カルミアは地団駄を踏まんばかりにヒステリックに喚き散らし始めた。
「嫌ですっ!! ——ソルお兄様は酷いです! いつも威張って命令ばかり! もっと私に優しくしてくださいっ!!」
「俺に何かを求めるなら、それ相応の筋は通せ。今のお前はそれに値しない」
表情一つ動かさない兄さんに、カルミアの眉が吊り上がる。
「当主代理がそんなに偉いんですか!!? ——大体、お父様がソルお兄様を次期当主に決めたのは、贔屓だと思います!!」
「——贔屓、だと?」
硬化した兄さんの声音に、カルミアはにんまりと口角を上げる。
口元に掌をあてながら、得意げに語り出した。
「だって、ソルお兄様よりも私の魔力の方が上ではありませんか? それに、学園を卒業する頃には私は聖女なんです! そんな私よりもソルお兄様をお選びになるだなんて——あぁ、きっとソルお兄様のお顔がお母様にそっくりだから、きゃあっ!!?」
朗々と高説を垂れていたカルミアが、突然悲鳴を上げ尻もちをつく。
顔面スレスレを通過した≪光弾≫を避けたためだ。
——あれ?
あの≪光弾≫、どこから……
「……え?」
俺の右手を、アルフが握り込んでいる。
混乱する俺を窘めるように、アルフはゆっくりと首を振って見せた。
「いけません」
言い聞かせられ、初めて自分が指先を弾いたのだと理解する。
脳が焼け、目が眩むような感覚——あぁこれ、怒り?
俺、怒るとこんな風になるんだ。気をつけなきゃ。
あの下品な口を止めたかっただけ、なんだけど。
「ひ、酷っ!!? ちょ、何すんのよっ!!? ねぇ、今の見たっ!!? アイツ、アタシのこと殺そうとしたんだけどっ!!? ねぇアンタ、そいつそのままどっか閉じ込めときなさいよっ!!!!」
段上から、カルミアがギャアギャア叫ぶ。
この凍りついた重苦しい空気を感じないなんて、なんておめでたいの。
あぁ、うるさいなぁ。
結果的に当たってないんだから、何も問題ないじゃない?
アルフが兄さんをうかがい見る。
「……あぁ、そうだな。当主への侮辱、どうにも許しがたい。謹慎を命じる、部屋から出すな」
温度を感じさせない硬い口調。
様子をうかがいに戻ってきた使用人たちが、すぐさま行動へと移る。
「ふんっ! ザマァ見なさい! 部屋で謹慎なんて甘いわ、地下牢にでも入れときなさいよっ!!」
乱れたドレスの裾を直しながら立ち上がると、俺を見下ろし吐き捨てた。
なんて品の無い顔。同じ顔でやめてほしい。
「だそうだ。望み通り、地下牢に入れておけ」
最早無感情な兄さんの指示に、カルミアは腹の底から高笑いする。
「アハハ! いい気味ね……って、ちょっと!!? 触るんじゃないわよっ!!? アイツが——はぁっ!!? どういうことよっ!? ちょっ——……!」
——コントかな。
最後までギャアギャア喚き散らしながら連れて行かれるピンクの沼の妖精の姿が見えなくなる。
それを確認して、アルフはやっと俺の手を解放した。
「……ごめん」
それだけ、なんとか絞り出す。
頭上で吐かれる、盛大な溜め息。
ビクリと上がってしまった肩に、兄さんの苦笑が落ちた。
「俺は兄弟間の殺し合いなんかごめんだ。よく覚えておけ」
髪をぐしゃりと乱され、恐る恐る顔を上げる。
「俺に、お前の欠片でも才があったなら——違ったのかもしれないな」
——そんな顔、させたくなかった。
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