39. 双子の兄は死にかける、その2
なーにがエントランスで待ってる、だ。
街に出られるよう身なりを整えて向かったエントランスにいたのはカルミアではなく、数名のメイドたちだった。
所謂、お見送りってヤツ。
カルミアって、見送りとか出迎えとか着替えを手伝わせるとか、そういう所謂お貴族サマを好むんだよね。
じゃあちゃんと貴族をやれって話なんだけどさ。
義務を完全放棄で権利だけちゃっかり享受って、人としてどうなの?
俺たち、もうそれが許される年齢じゃないんだよ……
え、俺? 着替えも風呂も自分一人でやるよ、恥ずかしいじゃん。
「カルミアは?」
エントランスホールへ繋がる中央階段を下りながらの俺の言葉に、全員が姿勢を正し笑みを浮かべる。
「はい、もうそろそろいらっしゃるかと」
「先ほどは髪を整えられていらっしゃいました」
いくらタウンハウスが小規模だっていっても、仕事が少ないってわけじゃないんだよ。
最低限しか雇っていない使用人をこんなことに割かれるのはいい迷惑。
兄さんだって何度も言ってるのにさぁ……
「そっか、……じゃあ『今すぐ仕事に戻りなさい』。忙しいのにつき合わせてごめんね」
俺の言葉に、メイドたちが眉を下げ微笑む。
「いえ、そんな……」
「お気遣いありがとうございます、坊ちゃま」
「申し訳ありません……」
各々頭を下げながら自分の持ち場へと戻っていくメイドたちに手を振って見送る。
雇い主の坊ちゃんに命ぜられたら仕方がないよね、うん。
頭上に輝くシャンデリアを眺めながら、知らずため息が漏れる。
父さんも母さんも兄さんも、幼いヴェルクでさえ“そういう貴族像”を求めていないのに、どうしてカルミアだけ“そう”なんだろう。
「……ってかもう、転生者説、かなり濃厚だったりする?」
「キュッ?」
襟の隙間から顔を出したシュロがくすぐったい。
“ののの”のヒロインとはかけ離れた言動と、所謂異世界に浮かれた行動。
そして、攻略対象との未来を知っている余裕からくる一切の義務の放棄。
「どう考えても、所謂異世界転生に浮かれるプレイヤーなんだよねぇ……」
だって、ゲームの“困った人を放っておけない心優しい、イラッとするほどお人好しなカルミア”とはかけ離れ過ぎてて……
そうでも思わないとやってらんない。
微かな光の揺らめきを眺めていると、中央階段をアルフレッドが落ち着いた足取りで降りてくる。
俺と目が合うと、優しく微笑んだ。
こういうとこ、アルフとセバスはすごくよく似てる。
「どうしたの、アルフ?」
家令のアルフは、基本的に兄さんについていることが多い。
「ええ——少々野暮用に参りましたが、既に解決しておりました」
「……あ、ごめん」
家令にまで迷惑かけんなって話だよね……
あぁ、これが3年続くのか……頼むから卒業と同時に嫁入りして——!
「……ところで、その、——ルナリア坊ちゃま」
「うん? どしたの?」
アルフが言い淀むなんて、珍しいこともあるじゃない。
「その……白竜を隷属したとお伺いしたのですが——……」
「あ、あぁ、うん。シュロ、出てきていいよ」
「キュイ」
服の中に隠れていたシュロが、再び顔を出す。
瞬間、アルフの顔が少年のそれに。
「かっ、可愛いですね——っ!」
「キュイ? キュ〜ン」
「あぁ、眼福です——!」
………セバスよりも幾分お堅いアルフがこんなにデレるの、初めて見たよ。
シュロも分かってて媚び媚びしてるし。
ごく一部にしか存在を教えられないせいもあって、こんなに純粋な好意を向けてもらえるの、ヴェルク以来だもんね。
「キュッ!」
飛び出したシュロが、アルフの肩に乗って頬を擦りつける。
「生きているうちに白竜をこの目で見られるなんて……」
「キューンキューン」
モノクル越しの小さな目を潤ませるアルフに、シュロの分かってくれる!? 感が半端ない。
「……アルフ、そんなに持ち上げると調子に乗るからやめて」
「キュイ!?」
ウルウルしていたルビーの目がキッと吊り上がる。
あ、反抗的。
「マカロン」
「キュッ!? キュ、キュイ〜ン」
くねくねと露骨なご機嫌伺いをしながら戻ってくるシュロに、溜め息を吐いた。
——その時。
「ギィッ!!」
「っ!?」
「なっ!?」
突如頭上で数発の光が爆ぜ、凶器と化したシャンデリアが落ちてきたのはほぼ同時。
指を弾くより、アルフが俺を抱き込むよりも前に、巨大化したシュロの翼を押し潰しながら切り裂いたシャンデリアは、けたたましい音を立てて砕け散った。
「シュロッ!!? 大丈夫っ!?」
「キュィィ……」
みるみる内に床を染めゆく赤に、喉の奥からこみ上げてくる悲鳴を必死で飲み込む。
「坊ちゃまはご無事ですか!?」
「アルフ! お、俺は大丈夫——シュロが!!」
翼の付け根に深く突き刺さった金属の支柱が痛々しい。
手を伸ばした指先が、わずかに震えた。
「……抜くよ、シュロ。痛いけど……ごめん」
「キュィ……」
大人しく俺を見つめるシュロに、歯を食いしばり、無機質な金属を掴んだ。
引き抜いた瞬間溢れ出す、濃厚な血の匂い。
「大丈夫、ちゃんと、全部治すから」
癒しの光が零れ落ちるように傷を包み込む。
塞がりきらぬ傷に、もう一度、慎重に魔力を流し込んだ。
「大丈夫——大丈夫だよ」
「キュイィ」
パックリと割れていた生々しい傷口が、何事もなかったかのように滑らかな肌へと戻る。
それを確認して、ようやく詰めていた息を吐き出した。
回り始めた頭で、シュロの身体からガラスや金属片を除けてくれているアルフに声をかける。
その声は酷く上擦り、冷静さの欠片もなかった。
「っ、アルフは大丈夫!? 怪我はない!?」
「はい、白竜のおかげです」
「キュイィ」
アルフに撫でられ、シュロが嬉しそうにルビーの瞳を細めた。
いつも通り懐っこく鳴く白く美しい身体は赤黒く汚れている。
「ありがとシュロ……ごめんね」
「キュイ? キュィ〜」
肩乗りサイズへと身体を縮めたシュロにすりすりと頬を寄せられ、抱きしめる。
シュロを避け散乱したガラス片。
確実に致命傷になるであろうそれは、シュロがいなかったらアルフの背に——……
……これ、俺の事故死設定に関係あるの……?
自分以外を巻き込む死の可能性に今まで思い至らなかったことに、胸が苦しくなる。
そうだよ、ファンブックにさえ名前の載らない人たちが、この世界には溢れているのに。
今更震えだす情けない身体を、アルフが優しく抱きしめてくれた。
その体温に、涙が出そうなくらい安堵する。
「アルフありがと……でも、もし次があったら——俺のことより、逃げて」
「お約束できかねることをお許しください」
……言うと思ったよ。
「今すごい音が——きゃあぁっ!!?」
「っ、アルフレッド様っ——ルナリア坊っちゃんまで!!?」
「お怪我を!!? 誰か早く手を貸して——っ!!」
「そんなっ——この間の点検時には何の問題もなかったのに……」
「一体どうしてこんな……」
人が集まってくる気配を察知したシュロが、俺の服の中に入り込む。くすぐったい、生きてる。
「……マカロン、お腹いっぱい食べていいからね。あと、菫の砂糖漬けも」
「キュッ!」
声は、まだ情けなく震えていた。
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