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36. 魔法オタクは深き闇に囚われる



 ——暗い。

 右も左も上も下も、分からない。

 一切の光が差さない、濃密な闇。


 だけど、恐怖はない。

 この空間全てに——殿下の魔力を感じるから。


 ≪闇檻(アビス)≫


 どうやら俺は、閉じ込められてしまったらしい。

 やはり今回の俺のやらかしは重罪だったということか——……




『テメェ! 俺の弟をかえせ!! ぶっ殺すぞ!!?』

『嫌だ!! 私の人だ!! 誰にも渡さない!!』

『……殺してやる』

『っ! ソル、落ち着いてくれ!! 殿下、貴方もです! 説明します、場所を変えよう。このままでは人が来てしまう』

『邪魔するなエビネ!! ——っ!!? おまっ、その髪——まさかっ!?』

『あぁ、そうだ。ちゃんと話すから、場所を変えよう? ……殿下、誤解です。俺と彼は、何もない』

『——抱き合っていたじゃないか』

『『……は(い)?』』

『私にはやっと許してくれたばかりなのに、あんな——っ!!』

『——ガキかよっ!?』





 ……なんか、違うっぽい。

 姿は見えないけど、会話だけが聞こえてくる。


 まさか、ゲームが始まってもいないのに闇堕ちBADを体験することになるなんて。

 ヒロインが暗闇の中で狂ったように泣き叫び続けて終わるトラウマENDの内の一つだったけど……こんなにも、心地よかったんだね。


 殿下の魔力に抱きしめられて、心が安らぐ。

 重力のない世界を、ゆったりと揺蕩う。

 ふわふわした感覚は、甘やかな眠気を誘った——……




◇◇◇



 安定者として初めて王城を訪れた日。

 ベッドに無表情で横たわる王太子を見た時には、とにかく腹が立った。

 こちらは長時間馬車に揺られ、来たくもない王都に引き摺り出され、当面は家族とも引き離されてタウンハウスで生活するというのに!


 大袈裟に騒ぐ王家の思惑に踊らされたのだと悔しくて堪らない気持ちで、横たわったまま動かずにこちらに視線を向ける王太子に近づいた。


「宵闇の君にご挨拶を申し上げます」


 貴族の仮面で隠しはしたものの、口上は硬くなる。

 幸い、周囲の大人たちは、子供が初めての王城で高貴なお方を前に緊張したのだろうと、好意的にとらえてくれたようだ。


「遥々来てくれたのに、こんな姿ですまない」

「……いいえ、」


 涼しげな表情から発されたとは思えない掠れた声に、初めてきちんと王太子を見た。

 眉一つ動かさないまま開かれた唇が血で汚れていて……それが噛み締め過ぎたが故のものだと気づく。

 よく見れば額には汗が滲み、目の下には酷い隈。

 キルトを握り締める手にも、いや全身に、断続的に力が籠り震えていた。


 ……痛みを、苦痛を隠しているの?

 王家の者だから、感情を隠しているの?

 それが必要なことであるとは知っている。

 貴族の仮面と一緒だ。


 不意に、微かに口角が下がった。

 あぁ、眉一つ動かさず歯を食いしばり、痛みを堪えてきたのか。

 ——今まで、ずっと。


 それに気づいてしまったらもうどうしようもなくて。

 周囲の大人の制止の声を全て無視して大きなベッドに乗り上げると、殿下を抱きしめて自分の魔力を受け渡していた。


「よくがんばりましたね」


 心の奥底から溢れた言葉を、耳元に囁いた。

 腕の中で安堵したかのような吐息と共に弛緩していく身体。

 安定を確認し、離れようとすると、俺の背に腕が回された。


 ……その目尻を一粒の雫が伝ったことは、俺しか知らない。




◇◇◇




『嫌だ……ルナリアだけは——……私から奪わないでくれ——!』






 ここは、気持ちがいい。ずっとここにいたい。

 ——でも。


「……ヴァン、このままだとあなたを抱きしめられないよ」



 呟いた瞬間、世界は光を取り戻す。

 俺を抱きしめたまま、ぐずるように喉を鳴らす大きな子供を、もう一度しっかりと抱きしめた。




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