35. 魔法オタクは浮かれ、そしてビビる。
「——え?」
あ、そうだよね。
短髪のエビネ様じゃ、自分で髪色は見えないもんね。
鏡は……と。
繋いだままの片方の手を引いて、部屋の片隅にある姿見の前に立ってもらう。
百聞は一見に如かず、ってね。
渋いカーキへと色を変えた己の髪に手をやり、本日一番の驚愕の表情を浮かべるエビネ様。
……確かに、いきなり髪色が変わったら驚くよね。
鮮やかなペリドットの瞳に似合いの色であったことが不幸中の幸いか……
……え? そういう問題じゃない?
「あ、の? これは、どういう——」
困惑顔のエビネ様の髪色を見ていると、じわじわと込み上げてくるものがある。
「あぁ、やっぱりこの仮説は正解だったんですね——! いや、あと一人……いや、欲を言えば二人ほど確認したいけど、こんな症例なかなか出会えないしなぁ……」
案外、加護無しって言われてる平民に結構いたりするかな?
実は俺、トムじぃは加護持ちじゃないかなぁって思ったりしてるんだよね。
生育困難とされるライフチェリーをあれだけ安定供給できるって、只者じゃないと思うんだ。
ほら、緑の指っていうじゃない?
安直かもだけど、土の加護とかありそうだよなぁ、なんて。
「領地に戻ったらちょっと試させてもらおうかな……」
思考の沼に入り込みそうになった俺を、細工の美しいドアノブが動くという現実的な音が引き戻す。
続いて、扉をノックする音。
——あ、鍵を閉めていたんだっけ。
「マジでここにいんのか? 俺、先に執務室に行っとけって言ったんだぜ?」
「いや、ここで間違いない。私がルナリアの魔力を間違えるはずがない」
「……普通は特定の人間の魔力を感じることなんてできねぇんだよ」
「私はルナリアの魔力が分かるだけだ。他の者は分からない」
「……そーかよ。言った俺が馬鹿だったよ」
「何を言う、貴殿は聡明だ。ルナリアから貴殿がどれほど素晴らしい人物であるかを常日頃から聞いてい——」
「アーアー、ソウイウノイイカラ。早く開けろって」
「ルナリアは私を謀ったりしない。つまり、貴殿が優れた次期当主であることは疑いようのない事実であり——」
「いいから! もう黙っとけ!」
扉の向こうから聞こえる兄さんと殿下の会話。
俺よりも素早く反応したエビネ様が、扉へと踵を返す。
さすが騎士、反応が早い。
その髪色が視界に入って——俺ハ、今更ナガラ冷静ニナリマシタ。
「ちょ、ちょっとお待ちくださいエビネ様っ!」
「どうした?」
その大きな身体を引っ張り、扉から引き離した。
いきなり焦り出した俺に、困惑の表情。
あぁ俺、今日エビネ様にこの表情ばかりさせてない?
「おいルナ、いるんなら扉開けろ!」
「どうした? 何かあったのか?」
「……まさかお前、また——」
続くノック音に、血の気が引く。
エビネ様が困ったように俺と扉を見比べる。
俺が困らせてるのは分かってる。
でも——ごめん、ここは引けないっ!
「そ、そのままじゃ駄目です! 何か——隠すものっ!」
「え? 何故、」
「だって! 見られちゃったらバレちゃいます! 俺、またやっちゃった……」
そうだよ。よくよく考えたら、これってまたやらかしじゃない?
しかも今回は他家門を巻き込んじゃった系の、マジヤバなやつ。
繰り返されるノックの音が、俺から冷静な判断能力を奪っていく。
「ルナ、落ち着いてくれ。まずは扉を開けよう。このままでは——」
「でも! バレたら兄さんにまた迷惑かけるし、……で、殿下に呆れられちゃったら、俺……」
「いや、それはない」
なんでそんなハッキリ言い切れるのっ!?
殿下は俺のやらかしの数々を知らないのに!
魔法が絡むとどうしてもポンでコツなこと、今までがんばって隠してきたのに——!
脳内に走馬灯よろしく、安定者の頃からのアレやコレが浮かぶ。
ついでに王太子BADの「君には失望した」スチルまで。
アレは堪えた……無表情平坦ボイスがグサァって胸を抉ってくるんだ。
……駄目、そんなの辛すぎる——!
「お願いです、エビネ様っ! どうかこの件はご内密に——っ!」
「いや、ここまではっきり髪色が変わってしまうと内密は無理があ——」
「そこを何とか! ——あ! 階段から落ちたことにより、風の加護持ちであることを思い出した結果、髪色が変わっていた——なんてどうでしょう!?」
「……中途半端に具体的なのは、実体験なのか?」
「ぐっ!」
言い合いながらも、エビネ様を止めようと全体重をかけて引っ張る。
……けど、体格差で全く歯が立たない!
「……全く、これでは俺が虐めているようではないか」
「うひゃぁ!?」
片手であっさりとお姫様抱っこならぬお米様抱っこをされてしまう。
「え、エビネ様っ! 降ろしてくださ……っ!」
「その……すまない。余計なことであるのは百も承知だが、きみはもう少し食べた方がいいのではないか? 身体がまるで幼子ではないか」
「っ! 気にしてるのにっ!」
「す、すまない、つい……」
俺の身体スペックはまんまヒロインなんだ、抱きしめたら折れちゃいそう縛りから抜け出せないんだ!
「もうもう! 離してくださいっ! どうせ貧相ですよっ! 魅力のない身体ですよ——!」
「そ、そんな言い方はしていないだろう!?」
「殿下だってこんなんじゃきっと——」
「いや、そこは全く問題ない。自信を持て」
自棄になって暴れたせいで、髪やら服が乱れるけれど、もうどうでもよくなる。
「だから! なんでそんなこと言い切れるんですかっ!?」
「殿下自身がそうおっしゃっているからに決まっているだろう」
「っ!? あ、貴方たちは一体どんな会話をなさっているんですか!?」
「俺とではない、アイリス王女殿下とだ」
「それ、余計悪いやつ——!!」
「っ、うわっ!」
渾身の抵抗に、ぐらっとエビネ様の身体が傾いた。
そのままエビネ様に庇われる形で、彼の身体に乗り上げるようにして倒れ込む。
「痛……ご、ごめんなさいエビネ様」
「いや、問題ない。君こそ大丈夫か?」
エビネ様がクッションになってくれたから大丈夫でしたよ——……そう、答えようとした矢先。
バタンと大きな音が室内に響いて、こちら側に向かって重厚な扉そのものが倒れてくる。
……嘘、開かないからって壊したの!?
驚いて向けた視線の先、佇む殿下と視線が絡まって——俺は暗闇に沈んだ。
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