34. 魔法オタクはやらかす、その3
表情が固まったのは、ほんの一瞬。
すぐにいつもの柔和な笑顔へと戻った。
あ、駄目だったか……
諦めかけた——その時。
「……そうだな。きっとそうだ」
「っ!」
キターーーー!!!!
「ですよね!? エビネ様も、そう思いますよね!!?」
「え? あ、あぁ?」
歓喜のあまり、自分より40cm以上長身の相手に掴みかかってしまう。
エビネ様は明らかに狼狽しているし、廊下を行き来する人々の注目を浴びている。
けれど、全然気にならない。
だって、言質とった!
やった! やったね俺っ!
邪魔が入るのは嫌だと思うくらいの理性は残っていたから、エビネ様の腕をぐいぐい引っ張って場所を移動する。
あぁもう、王城ってどうしてこんなに無駄に広いかな!?
執務室に着くまでにエビネ様が心変わりしちゃったら困る!
駆け出してしまうギリギリの速度で手近な応接室へと連れ込むと、内側から扉に鍵を掛ける。
だって、絶対に邪魔されたくないじゃない?
困惑するエビネ様に向き直ると、逸る気持ちを抑えてなるべく冷静に、不審に聞こえないように分かりやすく説明する。
「ねぇエビネ様! よろしければ、少しだけ俺にお身体を貸していただけませんか? 大丈夫です、悪いようにはしませんし痛くもしません、優しくします! 失敗する可能性は無きにしも非ずですが、今回の場合は現状維持に留まるだけと考察いたしますので、エビネ様的にもデメリットはないかと! ね、ねっ? お願いします!」
ちょっと早口になった?
いや、でも伝わったよね?
なんか、エビネ様の顔、引き攣ってるけど。
部屋の中心にいたはずなのに、いつの間にか背中が壁に貼りついちゃってるけど。
「あの! 申し訳ない、事態が見えないんだが!?」
両肩を掴まれて、無意識に距離を詰めていたことを知る。
あ、ちょっとガッツいちゃった? 恥ずかしい。
ドン引かれていないか不安になる。
ここまできてお預けされるのは……辛い。
「あ、あの、俺——でも、エビネ様、魔法が使えたら便利っておっしゃいましたよね?」
もしかして、社交辞令を真に受けちゃったヤツ?
いや、エビネ様の表情……困惑しているだけに違いない!
「それ、は、確かに言ったが」
「やっぱりそうですよね! それではちゃっちゃと俺にお身体をお貸しください!」
貴重な人材、絶対に逃がすかっ!
なりふり構っていられない、強引を承知でエビネ様の身体を壁に押しつける。
こちらに退く気がないことを態度で示すと、やがてエビネ様は諦めたように身体の力を抜いてくれた。
よしよし、いい子。
「甲冑を外して、手を」
向かい合うように立ち、両手を水平に差し出した。
簡易な甲冑だし、つけたままでも問題はなさそうだけど——しっかり“見たい”から、今回は外してもらう。
視線で促すと、戸惑いながらも従ってくれた。
足元にそっと置くと、俺の手にその大きな手を重ねてくれる。
温かな両手を、ぎゅっと握った。
大きくてゴツゴツした、騎士様の手。
今から行うコレが、努力を重ねるこの人のプラスになればいい。
エビネ様は加護無し——だ。
魔力に慣れていないその身体が驚かないように、ゆっくりと優しく魔力を注ぎ込む。
「……これは——?」
「俺の魔力を、エビネ様の身体に送り込んでいます。身体の隅々にまで行き渡らせるイメージをしてもらえませんか? 血液が血管に乗って身体中を巡るでしょう? それと一緒です。集中して——」
「え? あぁ……」
よし、多分——イケる。
こうも簡単に魔力を感じ取ることができる人が、加護無しのはずがない。
ゆっくりと呼吸を繰り返すエビネ様をジッと見つめる。
微かな変化を見逃さないように——その瞬間を、掴み取れるように。
己が凪いでいく感覚。
エビネ様の身体中を駆け巡るそれが、だんだんと可視化していく。
例えるなら——レントゲン写真、かな?
身体中を巡る魔力が、俺の目には筋状の光として見える。
本来は血流と同じで、体内を絶えることなく循環しているそれが、不自然に途絶えてしまう箇所があった。
「お上手です——お腹の辺り、冷たくないですか?」
確信をもって問う。
エビネ様は、はっきりと頷いた。
「あぁ……熱を巡らせようとイメージはしているが、どうしても」
ビンゴ! ——この勝負、もらった。
「素晴らしいです。ここまで絞れれば、イケます」
繋いでいた片手を離すと、エビネ様の鳩尾周辺に掌を当てた。
「状態異常を解消してから、治癒で駄目押ししておきましょうね」
あぁ、この瞬間が堪んない!
エビネ様に出逢って、仮説を組み立てて——やっと実行できる。
思わず舌舐めずりしそうになって、慌てて自重した。
≪光浄≫からの≪光癒≫——どうだ!?
淡い粒子とラメ、異なる光がエビネ様の身体の中へと吸い込まれていく。
「っ!?」
——瞬間。
目の前のエビネ様の全身が光って見えた。
実際に、じゃないよ?
あくまでも、魔力的な話。
実験の成功は、エビネ様の外見の変化を見れば明らかだった。
不思議そうに腹に手を当てるエビネ様に、自然と笑ってしまう。
嬉しさ半分と、安堵半分ってとこかな。
「ふふっ、ちゃんと魔力が身体中を循環しているでしょう?」
エビネ様の体内で魔力が暴れたのは一瞬。
今や、初めからこうでしたけど? って、どっかの白竜みたいな顔して身体中を緩やかに駆け巡っている。
「……ルナ、今のは一体?」
ん? ……あ、そっか。
魔力の可視化ってあんまりメジャーじゃなかったんだっけ。
俺だって、見ようと集中しなきゃ見られないし。
「エビネ様の体内で滞っていた魔力の流れを、正常に戻したんです。血管の詰まりを取り除いた、とでも言った方が分かりやすいですかね? エビネ様の持っていた風の加護が、戻りましたよ」
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