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33. 魔法オタクは王太子付騎士が興味深い



「ソル」


 穏やかでいて甘さを含んだ声が掛かり、兄さんが顔を向ける。

 廊下の正面からこちらに向かって歩いてくる、砂色の髪の騎士。

 騎士団の制服に胸元だけの簡易甲冑を身に纏い、腰には帯剣。


 顔見知りの姿に悪童のような笑みを浮かべた兄さんが、ヒラッと片手を上げた。


「よぉエビネ、久しいな」

「あぁ、逢えて嬉しいよ」


 流れるような仕草で兄さんの手を取ると、その甲に恭しく口づける。



 ……言っておくけど、いくら乙女ゲームの世界だからって、これはイレギュラーだからね?

 男女ならともかく、同性相手にコレはない。

 俺、今までどうしてこれ見て何も思わなかったんだろ?


 ……いや、言い訳になるんだけどさ。

 エビネ様って俺が出逢った時から、兄さんに対してはこうだったんだよね。

 兄さんは魔法科で、エビネ様は騎士科。


 学科は違えど同級生でよくつるんでいるとは聞いていたし、そんなもんかと思っていたんだけど。



 ——んなわけあるかぃ!



「相変わらず、君は美しいな」



 もう、この声音をみんなに聞いてもらいたいよ。

 エビネ様、元々穏やかな優しい声ではあるんだけど——糖度が凄い。

 蜂蜜がこれでもかってくらいかかったパンケーキみたい、胸やけしちゃう。


 あ、エビネ様の名誉のために言っておくけど、エビネ様が誰にでもこうってわけでは、決してないからね?

 ってか、本人無自覚なんだよね……絶対、自分の気持ちに気づいてないもん。



 見ているこちらが恥ずかしくなるような一連の流れに、当の兄さんはと言えば涼しい顔。

 こっちもこっちで気づいてないんだよ……

 まぁ、毎回これじゃ、感覚麻痺するよね。

 兄さんは悪くないよ、うん。


「相変わらず無駄にでけぇな。首が痛くなる」


 口づけられた手をぶらぶらと振り、白い指先でエビネ様の額をピンと弾いた。

 侯爵令息にして王太子付騎士である相手に結構な無礼。

 でも、エビネ様は甘く微笑むのみ。

 もう……露骨過ぎん?

 エビネ様、俺のこと見えてます?


「あれ? 前は俺の肩より小さかったのに。ソルも少しは伸びたんじゃないか?」


 兄さんは身体つきは華奢だけど、背は決して低くはない。

 だけど、2m近い騎士体型のエビネ様と比べたら、ねぇ?


 頭に置かれた手を嫌そうに振り払った兄さんが、べぇと舌を出す。


「おっ前、そういうとこマジ性格悪ぃよな」



 兄さんがこうも素を見せる辺り、親友同士というのは本当なんだろうな。

 ちょっとだけ、面白くない。

 ……別に、ヤキモチとかないから。



「おはようございます、エビネ様」

「あぁ、おはようルナ。今日もよろしく頼む」


 空いていた兄さんの腕にぎゅっと抱きつく俺を見ても、エビネ様の表情は柔らかいまま。

 うぅ、その余裕がまた悔しい。



「殿下は応接室でお待ちだ。こちらへ」


 優雅なエスコートに、兄さんが首を横に振る。


「場所は分かってっから、お前らは先に執務室に行っとけ」

「しかし……」


 心なしか、残念そうな声音。


「むしろそいつを見張っといてくれや。目ぇ離すとすーぐやらかすからな」


 ニッと笑顔を向けられ、エビネ様の頬が緩む。


「あぁ、分かった」

「ちょっ!? エビネ様にご迷惑かけるようなことはしませんよ!」

「どーだかな」




 後ろ手に手を振りながらさっさと去って行く兄さんに、こちらも執務室の方向へと歩を進める。


「兄さんが俺のことをどんな風にエビネ様に話されているのかが心配になります」


 あ、なんだか拗ねた口調になってしまった。


「ソルが? いや、何というか、言外に弟が可愛くて仕方がないとしか言ってない気が……」

「……え?」


 不意打ちに、顔が熱くなる感覚。

 それは……単純に、嬉しいんですけれども。


「……どうせ、無鉄砲な魔法バカとか言ってますでしょう?」

「それは……まぁ」


 曖昧な微笑みが全てを語っている。

 ……しまった、余計なことを聞いてしまった。

 ビミョーな空気を払拭すべく、先ほどから気になっていたことを話題に乗せる。



「と、ところでエビネ様、膝を痛められてます?」


 先ほどから足のつき方が、ほんの僅かにいつもと違う。

 エビネ様の歩き方は騎士然とした男らしく堂々とした印象があるのに。


「ああ、昨日の騎士団での鍛錬中に少々打ちつけたんだ……どこかおかしかったか?」

「ほんの少しですが、歩き方が。庇っているように見えます」


 見立てがあっていたのなら。

 左膝に軽く触れ、≪光癒(ヒール)≫。

 回復系はまだ直接触れないと発動できないんだよね……改善の余地あり、と。

 それでも、歩を進める邪魔にはならない僅かな時間であったはず。

 まぁ、及第点ってとこ?


 エビネ様が、驚いたように足を止めた。


「え? ——あ、」

「まだ違和感あります?」

「い、いいや、大丈夫だ……ありがとう」



 ならばよかったと、再び歩き出す。

 歩きながら膝の動きを確認するエビネ様が、感心したような声を出した。


「こんなに一瞬で治るなんて、驚いた。以前神殿で受けた治癒魔法はもっとこう、……厳かで時間がかかるイメージで……」


 言葉のチョイス、絶妙。

 騎士様の多いグラディクト侯爵家は、神殿ともそれなりに関わりがあるだろうからね。

 あまり突っ込んだことは言えない、といったところかな。


「アハハ、そうなんですか? 神殿らしいっちゃ、らしいですね。時間をかけて、結構な金額をぼったくるんでしょう?」


 相手を見て搾り取るって、有名な話。

 王国でも名高い侯爵家——なかなかのカモだよね。


「それは……まぁ、お気持ち……だからな」


 濁した言葉が全てを語っている。

 うーん……王家は一度、神殿の懐事情を確認した方がいいと思う。

 ヒロインが聖女系の乙女ゲームに神殿が絡むと仄暗いのは、どうしてなんだろうね。

 ……俺の知識が偏ってる?


 あ、“ののの”にヒロインと神殿との確執はないよ。

 あれはご都合主義の乙女ゲームだからね。

 何の気兼ねもしがらみもなく、大いに恋愛を楽しむのみ!


 ……現実は、そうはいかないんだけどね。




「俺の知り得る一番の魔法の使い手は父です。大抵の傷なら触れることなく治せるので。≪光弾(ショット)≫も視線だけで発動させますし……俺はまだどうしても手印が必要で」


 苦笑しながら指先を弾くと、淡い光が灯る。

 それを見たエビネ様が、驚いたように目を見開いた。

 ……そう言えば、こうして魔法を披露する機会ってなかったもんね。


「いや、その程度はもう手印とは言わないのでは? そもそも魔法発動の基本は呪文詠唱だろう? 殿下にしてもフル詠唱は必要としないし……常識が分からなくなりそうだ」



 騎士科のエビネ様が魔法学の知識を持つことに感心したけれど、よく考えれば騎士の中には魔法を併用する魔法騎士(マジックナイト)がいる。

 貴族は加護持ちが大前提であるこの世界。

 魔法騎士は貴族、“ただの騎士”は平民である——という常識が転がっている。

 目の前のこの人は貴族でありながら“ただの騎士”というハンデをものともせず、王太子付騎士に任命された。

 それだけの実力と、精神力の持ち主ということ。


 ……うん。

 悔しいけど、兄さんが好感を持つ理由は十分に分かる。




 ……でも、エビネ様って、本当に——?

 初めて出逢った時から、ずっと気になっていることがある。



「大体、学園入学前に詠唱が省略できている時点で、十分にすごい使い手、なのでは?」

「アハハ、それは王都住まいのお貴族サマの話ですよね? 物心つく頃には傭兵に混じって魔物討伐してる辺境では、俺如きは別に普通ですよ」


 これは本当。

 王都住まいのお貴族サマの大半は、王立学園で魔法を嗜む程度。

 卒業後に使用するのは、精々が生活魔法といったところか。

 生活に必要なきゃ使わないもんね、分かるよ。

 勿体ないことだとは思うけどね。


「傭兵に混じって遠征にも行ったりするのか?」

「それは時々ですね。光の加護持ちがいると浄化魔法があるから、風呂無し遠征でも清潔だって喜ばれるんです。扱いが雑ですよね」


 初代聖女様が世界を浄化した魔法で何やらすんじゃい! って話だよね。

 大笑いしながら≪広域光浄(エリア・キュア)≫したのは記憶に新しい。

 思い出し笑いしながらのエピソードに、エビネ様が喰いつく。


「それは——真夏には是非、我々にも同行願いたい」


 ……そうでした。エビネ様はそっち派でしたね。

 学生でありながら既に王城騎士団に仮籍がある身分のエビネ様は、日頃から騎士団の訓練にも参加している。

 遠征に同行することもあるのだろう。


「確かに、騎士様の甲冑は暑そうですものね」

「深刻なんだぞ? 蒸れるから汗疹はできるし、手入れが悪いと臭いはするし。……やはり、魔法が使えると便利だな」

「まぁそうですね、使えないよりは使える方が便利です。魔法ってそういうものでしょう?」



 ——あ。

 今、チャンスだ。



「エビネ様も——魔法が使えたらって、思ったことはないですか?」



 そう言って、見上げた先。

 エビネ様の優しい顔が、僅かに強張った。




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