03. 俺は“俺”を思い出す
「そういや俺、なんで寝てるんですかね?」
あまりにも今更な台詞。
ソルヴァスはカルミアを見やり、軽く顎をしゃくった。
そんな仕草でさえ、絵になる。
先ほどまでの威勢のよさはどこへやら、カルミアは急にもじもじと俯いた。
「……えっと?」
俺のこの状況に、カルミアが関係してるってこと?
腕の中のヴェルクが、ぎゅうっと俺を抱きしめる。
……うぅ、何この可愛い生き物っ!
「……あの、」
ややあっての沈黙の後。
口を開いたカルミアに、慌てて表情を引き締める。
「私、あの日は朝から体調が優れなくて……眩暈がして、ルナお兄様にぶつかってしまったの。そうしたら、ルナお兄様が階段から……っ!」
あ、なるほどね。
それでさっきから、絶妙にベッドから離れた位置で俺を窺ってるのか。
理由はどうであれ、自分起因の事故じゃ気まずいわな。察し。
「あー、そっか。俺は大丈夫だから、もう気にすんなよ」
「ルナお兄様……っ!」
ただでさえキラキラな宝石眼が、涙で潤んでとんでもないことに。
「それより、体調はもういいのか?」
眩暈でよろめくほどなのに、さっきから立ちっぱなしで辛くない?
「え? あ、」
「あれ? 俺が寝てたのって——」
「3日ほどだな」
ベッドに腰を下ろしたソルヴァスが、じぃっと俺の顔を見る。
間近で見る美人、すごい迫力。
「……本当に、大丈夫なのかよ?」
「はい」
嘘じゃない。
階段から落ちたというが、ラッキーなことに身体のどこにも異常は感じられなかった。
ヘラッと笑って返すと、ソルヴァスの目元が微かに緩む。
「……なら、殿下の手紙に目を通してやれ。何か思い出すかもしれねぇしな」
「殿下?」
あぁ……そういえばさっき、王太子付従者とか言っていたっけ。
「ヴァレンウォート・ユグドラシル。1日に2通も3通も手紙を寄越す、お前の仕える殿下だよ」
——瞬間。
『やったぁ新作情報キタ——!』
『“光の魔法の乙女の祈り〜あなたの色に染まりたい〜”だって! アハハ、“の”多くね? あ〜ヒロイン、カルミアっていうの? 名前固定かぁ……超王道ビジュじゃん、好みの絵師様だぜヒュ〜! ……何々、事故死した双子の兄の代わりに王太子の従者になって王立学園に入学する、の? え〜超楽しみなんだけど! ……で、従者って何?』
『よっしゃ〜! とりま各ルート解放成功! ……で、今日で何徹目だ? ……いや、まだイケる、やればできる子! ほら、まだスチルコンプできてないし! ……でもやっぱ今作は王太子ルートが神だわ! 運営よ、迅速な追加コンテンツの供給をありがとう! でもできたら初期攻略対象キャラ設定にしておいてほしかった——! ……ヴァン様ってば、もう口を開けばルナリアルナリア、うるさいのなんのって……いや、始めはいつまでもウジウジしてんな、って思うんだけど〜でも〜だんだん、あぁそっか、ヴァン様はそれだけルナリアのことを想ってたんだ……ひょっとして……それは愛? みたいな!? ウッヒョー! ジワジワくる〜ぅ!』
『ってか、双子のお兄ちゃんの名前にしちゃ可愛いよな、ルナリア! 多分カルミアとルナリアの二択でヒロインをカルミアにしたサルベージだな! あそこの運営、そゆとこあるからな! アッハッハ!』
『つまりルナリアって、ヴァン様が心を開いていた唯一の存在だったってことか……はふん、尊いw 事故死しちゃってる設定だからスチルどころかキャラ情報もな〜んもないんだけど! 今度発売の公式ファンブックに期待してるのさ〜へっへっへ! ……あぁ滾る、滾ってきたぞ……! ヴァン×ルナで何か描きたい! 今すぐ描きたい! のに! ルナリアの! 容姿が! 分からない! なんて〜! くっそ運営、仕事遅すぎ!! ……そうだ、まずは文章でいこう!! そうしよ…………ぐぅ』
『んあ〜! ヴァン様ってば、ヒロイン告白のタイミングでルナリアとの思い出語っちゃうの!? 嘘でしょ!? ——ハッ! これ、まさかの公式お墨付きってこと——!? 迷える社畜へのご褒美かよ、最っ高だなwww 運営のヤツ、たま〜にいい仕事するからな〜くっそ課金が止まりませんなぁグへへ! これで新刊いける、いけるぜ……っ!! ヴァン×ルナ万歳!!!』
ルナリア、カルミア……双子、聖女の末裔、殿下と従者……運営、公式? …………、
「あ゙ーーっ!!!!」
「なっ!? ルナ!? どうした!!?」
『やっぱ“ののの”最高ーー!!!!』
“ののの”って——乙女ゲームのあれか!?
あぁ、じゃあここは……ゲームの世界?
今流行りの——いや、もう結構下火の、“乙女ゲーに転生しちゃいましたw”ってやつ!?
……でも転生というよりは、むしろ“思い出した”って感じが——……
「っ!!?」
認識した瞬間、堰を切ったように“俺じゃない俺”の記憶が流れ込んでくる。
……いや、違う。重なっていく——俺と、ルナリアが。
境目が溶け合ってピタリとひとつに重なる感覚。
さっきまではハッキリと認識できた“俺”とは別の“俺”の存在が曖昧になり——まるで、ルナリアがこれまでの人生で得た記憶のように、しっくりと馴染んでいく感覚。
……あぁ、思い出した。
全てを、思い出したよ。
脳裏に焼きついた、大切な人の、傷ついた表情を。
そんな顔をさせてしまった、死にたくなるほどの罪悪感を。
胸が締めつけられるほどの、深く切ない恋情を。
——痛い。
打ちつけた頭よりも、よほど。
「……ルナちゃん? どうしたの? どこか痛いの?」
「疲れたか? もう少し横になれ、大丈夫だから」
「え……あ、……」
感情の制御が壊れてしまったのか、後から後から涙が溢れ出してしまう。
頭を撫でてくれる兄さんの優しい手。
涙を拭ってくれるヴェルク。
そのどちらも愛おしくて、歯止めが利かない。
そうだ、なんで忘れられたのか。
……俺は、殿下のことが——
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