25. 次男、栄光の歓声の裏側で
「ご無事で何より、ですね」
背後からかかった抑揚のない声音に、高揚しかけた気分が一瞬にして冷える。
「本当に……悪運強すぎでしょ」
日傘のせいで、表情がよく見えない。
目の前に立つのは、どこからどう見てもヒロインそのもの。
だけど……ねぇ、この子は——
「どうせ——する運命なのにね」
ひらりと日傘の影が揺れ、微かに嘲笑った気配。
「なんということだ……」
「今の、見たか——!!?」
聞き取れなかった言葉を問う前に、周囲から歓声が巻き起こる。
「あぁ、あぁ——! 確かに見た!」
「聖獣が、若様に服従を——!」
「若様に聖獣の寵愛が——!!」
「我らの若様に!!」
「ルーチェに光を!」
「「「ルーチェに光を!!」」」
シュロの姿を追い掛けて屋敷へと集まり、先ほどから一部始終を目撃していた領民たち。
喜色に湧くその様子に、兄さんと顔を見合わせる。
想定外の言葉の数々……なんかみんな、目がキラッキラしているんだが?
「いや、これはただの白竜で——」
「ご謙遜を!」
「聖獣でなくとも、ドラゴンですよ!?」
「魔物の頂点たるドラゴンを、いとも容易く服従させるなんて——」
「流石は我らの若様!」
「……聖女様の再来——!」
「あぁ……! 聖獣に違いありません!」
「聖獣? この迷子のちんちくりんが!?」
「ギュイ!?」
「え、シュロちゃん迷子だったの?」
「キュッ!? キュィイィ〜」
初代聖女様には聖獣が〜ってお伽噺はあるっちゃあるけど、アレは後世が後付けした感が否めない。
実際、ルーチェに残る正式な文献の中には、聖獣の存在なんてないしね。
“ののの”にも、聖女とドラゴンの組み合わせなんて出てこないよ。
……って、冷静に説明したところで、この熱量。
どうする? って兄さんを窺い見たら——口元に、薄い笑み。
——あ。これ、訂正する気ないな。
……まぁこの場合、水を差す方が野暮ってもんだよね?
「……いっか、それで」
「うふふ! シュロちゃんはもう家族だもん。これからもずっと一緒に、ルーチェを守ってくれるでしょう?」
「——キュイ!」
にっこり微笑むヴェルクに、ルビーの瞳を輝かせたシュロが翼をはためかせる。
兄さんの瞼へ、ヴェルクの鼻先へ。
そして俺の頬へと、まるで口づけるように鼻先を押し当てた。
そして、ふわりと兄さんの肩へと降り立つと、天に向かってドラゴンブレスを放つ。
——一瞬の静寂——……
「「「っ!! 若様に栄光を!!!!」」」
瞬間——場の空気が爆ぜた。
止まない歓声に、ヴェルクも一緒になって飛び跳ね、兄さんは甘えるシュロを撫でている。
「あら、すごい騒ぎじゃない」
「……士気が上がるのはいいことだ」
タイミングよく屋敷から出てきた両親に、領民たちのテンションは最高潮に。
「「「「「ルーチェに光を!!!!!!」」」」」
にこにこと微笑みながら優雅に手を振り応じる母さんの姿に、底知れぬものを感じる。
その腕を父さんの腕にしっかりと絡めているあたり、ブレないなぁ……
領民たちの関心を両親が引き受けてくれたことで、やっと人心地つく。
まるで物語の最終回のようなおめでたムードの中に、カルミアの姿はない。
「……転生者は一人じゃない、パターンなのか——?」
その場合、転生者同士でぶつかり合うのが王道な気が——……
……転生脳、余計な可能性に気づいてしまう。
「でもまだ、ゲームの裏側では性悪ヒロイン……って言われれば、そこまでの段階なんだよねぇ」
それに……俺とヒロインは、ぶつかり合う必要性もないんだよね。
ライバルである悪役令嬢であればまだしも、俺はただの双子の兄。
ゲーム本編においてはモブ以外の何者でもないわけだし。
新たな可能性に首をひねる俺は、ヴェルクが不安げにこちらを見つめていたことに、気づけなかった。
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