22. 次男は平穏を噛み締める
「可愛いねぇ可愛いねぇ」
「キュイ〜」
「とっても可愛いねぇ」
「……本当にね」
「キュイ」
「お前じゃないよ、ヴェルクの方」
「ギュィッ!?」
「ルナちゃんもとっても可愛いよ〜」
今日は雲一つない青空。
使用人たちがせっかくだからって、俺の部屋のバルコニーにアフタヌーンティーをセッティングしてくれた。
紅茶と甘い焼き菓子の香りって、なんでこんなに魅力的なんだろう。
ガラスのティースタンドに太陽が反射して、色とりどりのマカロンが宝石みたいにきらきら光る。
ヴェルクとゆっくりお茶できるのは嬉しいけど……何で白竜まで?
ソファでだらけながら、乙女の憧れが詰まったカラフルなお菓子に手を伸ばす。
「あ、こら! 俺のマカロン食べるなよ!」
「キュイ!」
「ふふっ! ドラゴンちゃん、美味しいの?」
「キュイ〜」
……こいつ。
兄さんの前では忠犬ならぬ忠ドラゴンに徹するし、ヴェルクの前では愛玩動物ぶってる……
ヴェルクの膝の上で、小さな手に撫でられながら目を細める白竜。
……お前、昨日俺のこと殺そうとしたよね?
何なんだろうね、その変わり身。
都合よすぎない?
「キュイ?」
なんか察したのか、つぶらな瞳で俺を見つめながら首を傾げている。
——お前のせいで、昨日は大変だったんだからな!
◇◇◇
屋敷に帰るなり、セバスが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりでございます」
「あぁ、父上は執務室か?」
「左様でございます……っ!?」
「人払いを頼む」
「御意に」
セバスが顔を引き攣らせるところなんて、初めて見たよ……
俺の肩にちょこんと座る白い奴は、きょろきょろと熱心に辺りを見回している。
屋敷内とはいえ、人目につかないよう足早で執務室へと向かう。
重厚な扉をノックすると、中から父さんが応じる。
躊躇なく入室する兄さんの後ろに隠れたのは……何となく。
「只今戻りました。申し訳ありません、果樹園の調査に向かう際にドラゴン急襲の知らせがございまして——」
「あぁ、一報は受けている。被害がなく何よりだ。……お前たちも、よくやった」
領主としての言葉と、父親としての笑み。
兄さんの白い頬が、僅かに紅潮する。
……この人が攻略対象じゃないのが、不思議でしょうがないんだけど。
「で、そんなに急いでどうしたんだ? 何か問題でもあった——んだな?」
「……はい。俺がついていながら、大変申し訳ありません」
俺の肩を見るなり頭を抱える父さんに、一応の申し訳なさは感じる。
いや、でも今回のは完全に事故だからね?
………いや、前回のも俺的には事故なんだけどさ。
「いや、お前のせいじゃない——それを言うなら、息子可愛さに放牧を許した私の至らなさ故」
「せめて果樹の件が落ち着くまでは、部屋に閉じ込めておくべきでした」
「ちょっと二人とも、そんなに落ち込まないで? ねっ?」
「「お前が言うな」」
「キュイ」
◇◇◇
結局あの後、状況を説明したり≪光従≫の解説をしたり。
執務室を出る頃には夜の帳が降りていた。
「昨日の話、聞いてただろ? お前は当分俺の部屋から出ちゃ駄目。目立つこと、絶対禁止。分かった?」
「キュイ?」
「……マカロン、もう一個あげようか?」
「キュイ!」
「分かってんじゃん!」
「キュッ!?」
つまんだマカロンをさっと口に放り込んでしまうと、白竜はこの世の終わりみたいにふら〜っとよろけ、ヴェルクの膝へと倒れた。
「可愛い〜」
……あざといな。
サクホロッと甘く香ばしい生地と、ぬちっとしたクリームの食感。
ナッツとクランベリーたっぷりのクッキーも、いろんな味がして美味しい。
「ねぇルナちゃん。ドラゴンちゃんのお名前は決めたの?」
白竜に甲斐甲斐しく果物を食べさせながら、ヴェルクが嬉しそうに口を開いた。
「え、白竜でいいんじゃないの?」
「え」
「キュッ!?」
え、駄目なの?
分かりやすくていいじゃん。
「……ルナちゃん」
「んー?」
「それ、人間を『人間』で呼んでいるのと一緒だよ?」
「キュイ」
5歳児に真剣に諭される、15歳。
「……はい」
だらっと座っていたソファから身を起こし、ヴェルクの膝に鎮座する白竜に向き直る。
うーん、白竜ねぇ……
「シロ」
「キュッ!?」
「言うと思った」
白竜はともかく、ヴェルクの不満顔はいただけない。
「キュイ」
「ギュイ!」
「なんか違うって言ってる気がする」
文句の多い奴だな……
「ポチ」
「犬なの!?」
「タマ」
「それは猫!」
「三毛」
「白でしょ!?」
え、なんか俺の弟、すごくない?
可愛いだけじゃなかったんだね、知ってた。
「じゃあさ、ヴェルクは何がいいと思う?」
ティーカップに手を伸ばしながら問いかけると、ヴェルクは可愛らしく小首を傾げた。
「えっとねー、ドラゴンちゃんに似合う可愛いお名前がいいかなって。白くてーキュイって鳴いてー……シュロ、なんてどうかしら?」
「じゃそれで」
「キュイ!」
「え!? そんなに簡単に決めちゃっていいのっ!?」
「いいよ〜何でも。なっ?」
「ギュイ!?」
ドラゴンちゃんは今日からシュロちゃんだ〜って、嬉しそうにくるくる回るヴェルク。
それにくっつくようにして、白竜までキュイキュイ鳴きながら飛び回っている。
昨日まで野良で彷徨った挙句、討伐されかかっていたのにね。
「平和だなぁ……」
ティースタンドから取り上げた菫の砂糖漬けを噛み砕く。
口内を満たす甘さ、ヴェルクの笑い声。
水を差すような何かなんて、現れなければいいのに。
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