15. 双子の兄はやらかす、その1
その後も、声を掛けられては応じてを繰り返す内に、徐々に人気は疎らに。
視界には徐々に緑が広がり、郊外の果樹園へと辿り着く。
ライフチェリーっていってね、ルーチェ領の特産品。
イメージに近いのは、アセロラかな?
甘酸っぱくて美味しいんだよ。
俺のおすすめは生食なんだけど、日持ちの問題から王都に出回るのは専ら加工品。
いわゆるポーションだね。
ルーチェ領内では手軽に栄養補給できるフルーツ感覚だけど、王都では傭兵や騎士団のための貴重な回復薬として扱われているの。
領内では子供のおやつになるフルーツが、領地を出た途端に価値も価格も跳ね上がっててびっくりだよね。
……まぁ、貴重な財源だからいいんだけどさ。
ライフチェリーは常葉樹だから、年中緑の葉に赤い果実がたわわに実ってて……って、アレ?
「……どうしたんだろ?」
緑の木々の群れに混ざって、明らかに色の悪い樹木地帯が見受けられる。
あれ、枯れちゃってるのかな?
……と、件の樹木の下に集まる男性陣を発見。
深刻な顔をして何やら話し込んでいるそのうちの一人を、俺はよく知っていた。
「トムじぃ、久しぶりだね!」
嬉しくなって駆け寄ると、俺を見とめたトムじぃが破顔する。
「ルナ坊かぁ! 大きくなったなぁ!」
「それ、いつも言うよね」
「そりゃ、この間までこーんな小っこかっただろ!」
「もう、いつの話なの!」
自分の膝下を示すトムじぃに突っ込みながら、毎度のやり取りに笑ってしまう。
一緒に笑っているのは顔見知りの農夫のおじさんたちで、俺の髪色に目を白黒させているお嬢さんが一人。
……はじめまして、かな?
「ちょ、じぃちゃん! 駄目だよそんな、ルーチェのご令嬢に——」
「構わないよ。トムじぃたちは、俺にとってお祖父ちゃんみたいなものだから」
「ほっほっほ!」
トムじぃの働き者のいい手、大好き。
頭をぐりぐり撫でられながらの俺の言葉に、お嬢さんの瞳は零れ落ちんばかりだ。
俺たちルーチェの子供たちを赤ん坊の頃から知っているトムじぃは、ライフチェリー生育におけるスペシャリスト。
後進の育成にも余念がなく、我がルーチェ領において欠かせない人物のうちの一人だ。
あ、セバスとは飲み友達っていう情報も追加しておくね。
「みんな、深刻な顔してどうしたの? この樹の話?」
「あぁ……」
和やかな空気から一転、再びの深刻ムードに。
「一本駄目になるとそこら一帯が駄目になっちまう」
「最近どうにもなぁ……」
「奥の方も何箇所かやられちまって」
「最悪、樹を抜いて植え直すか……」
「ここまで戻すのに何年かかると思ってんだ」
「でも、このまま放っておいたら他の果樹までやられちゃう! 本当は分かってるでしょ?」
「それは……」
「だけど、もう少し他を試してからでもいいんじゃないか? 王都から薬剤を取り寄せて——」
嘆く声、憤る声、冷静を保とうとする声。
察するに、ここのところ果樹が枯れる原因不明の現象が頻発している、ってとこかな?
「原因は分からないの? 土が悪い、とか」
もしそうなら、土の加護持ちならば何とでもできる問題。
いくら田舎とはいえ、ルーチェ領にだって光以外の加護持ちは僅かだが存在する。
……まぁ、その方法を考えつかないはずはないよね。
「旦那様が手配してくださったさ。土にはなーんの問題もないとさ」
「ってことは、樹そのものかぁ……」
父さんが動いているなら、収束は時間の問題かな。
みんな、分かってはいるんだよね。
それまでの無力な時間が、じれったいだけ。
んー……領主の息子として、今できること。
「樹の病気が疑わしいってことだよね?」
「だなぁ」
「そっか……駄目元で試してみようか」
「ん?」
どっちだろ……素直に、状態異常回復?
茶色く乾いてしまっている樹木に向かって、指先を弾く。
≪光浄≫……元気になーれ、ってね。
「「「「「んんん!!!??」」」」」
「え?」
キラキラ〜って淡い粒子みたいな光が果樹に走って弾けると——あら不思議!
さっきまであんなに乾いて色を失っていた果樹が緑の葉を取り戻し、赤い木の実をたわわに実らせているではありませんか!
まるで早送りを見てるみたいだったね、面白っ!
「……やった……で、いいの?」
恐る恐るトムじぃたちを仰ぎ見れば、全員ぽかーん。
……デスヨネー。
「聖女様…!」
「でかしたルナ坊!」
「さっすがルーチェの倅だ!」
「祝杯だ!」
「飲むぞー!!」
お通夜みたいだったムードが、一変しておめでたモードに。
いや、ちょっと待ってよ。
なんで≪光浄≫が植物に効果あんの!?
……って、あれ?
「そうだよ……≪光癒≫が効果あるんだから、≪光浄≫だって効果があるのは当然と言えば当然だよね」
「んん? どうした?」
「あ、いや、こっちの話……」
俺、さっき自然に≪光癒≫を樹木に使ったけど——この世界において≪光癒≫や≪光浄≫を人間以外に使用することって、ない。
いや、禁忌とかじゃなくて。
単純に、そういう概念がなかった。
転生脳の奇妙な柔軟さでうっかりやらかした、そんなカンジ。
「すごいわ……! この区画は完全に回復してる!」
「果実も最高の熟し具合だ! すぐにでも摘めるぞ!」
「あぁ! こりゃ忙しくなるぞー!」
……まぁ、結果オーライかな?
魔法学の常識なんか、みんなにとってはどうでもいいことだもんね。
手頃な位置にあったライフチェリーの実を摘み取ると、爽やかな甘い香りに包まれる。
一口サイズの艶やかで真っ赤な木の実を口に放り込み、カシュッと歯を立てた。
んー、甘酸っぱい……やっぱこの味だよねぇ。
久し振りの生食のせいか、以前よりも味を濃厚に感じる。
「トムじぃ、相変わらず美味しいね!」
「うんうん、そうだろう?」
トムじぃの目尻が下がり、笑い皺が寄る。
自分の仕事に誇りを持ってる人の顔、素敵だよね。
こっちまで嬉しくなって、つい饒舌になる。
「あ、これ新品種? HPの回復率、上昇してる——すごいね!」
身体が楽になる感覚の顕著さにステータスを確認すると、以前のライフチェリーの実よりも、HPの上昇量が5割ほど増えていた。
これ、すごいことだよ。
命のかかった討伐中に5割HPが増えたら、単純に生存確率が上がる。
さすがはルーチェの精鋭たちだね!
なんて顔を見たら——あれ?
「「「「「え???」」」」」
俺の称賛の言葉に、何故か一同が固まる。
……え? 俺、何か変なこと言った……?
「……そいつは、元からあるライフチェリーの樹だが」
「回復率の上昇?」
「いや、まさか——たった今まで死にかかってた樹だぞ?」
「ってか、味濃っ!!」
「美味ぇ!!」
「おいトムさん、これどーいうこった!?」
俺、置いてけぼり。
単純に果樹が復活したからいいってことじゃダメかな……?
「ルナ坊」
「っ、はい!?」
トムじぃの手が、俺の肩をガシッと掴む。
「とりあえず——奥の果樹も頼めっかね」
「お嬢様、よろしくお願いします!」
「「「頼んだぞ」」」
にーっこり、有無を言わせない笑顔。
周囲を見れば、みんな同じ笑顔で、何なら移動用の台車まで既に用意されてる。
いや、そのくらいの距離歩けるから。
「は、はい……」
ルーチェ辺境で生き抜く農夫たちの圧。
——そこらの魔物より迫力あるかもしれない。
断れるわけ、ないよねぇ……
でも……一言だけ、言わせてね。
「お嬢さん。俺、男だからね」
誰も突っ込んでくれなかったけどね!
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