11. 双子の兄は想い人に唯一と呼ばれる
「ほらよ」
兄さんの部屋のベッドでだらしなく寝転びながら読書をしていると、目の前に小さな銀色の筒をチラつかされる。
伝書鳩の脚につける、通信筒だ。
この世界、さすがにスマホやパソコンはないからね。
連絡手段は、専ら手紙。
王都と辺境の距離ともなれば、いわゆる普通郵便では相手の手元に届くまでに数日かかる。
そこで活躍するのが伝書鳩。
短文に限られてしまうものの、数時間もあれば相手の手元にメッセージを届けることが可能だ。
……変なとこアナログで吃驚だよね。
未開封の通信筒。
だけど、開封せずともそれだけで誰からのものかが分かる。
「……ありがと」
小さなそれを受け取り、そのまま胸に抱き目を閉じる。
目覚めて、自室のデスクに置かれた通信筒の数に驚かされた。
一番古いものは、俺が領地に到着した日よりも前に届いたものだったのだから。
屋敷に到着するなり階段から転がり落ちたせいで、読むことが叶わなかったそれ。
ごく短いそれは、さり気なく俺のご機嫌をうかがうものだった。
次のものは、俺が領地に到着した日の夕方に届いたもの。
直接的な表現ではないものの、先日の自身の行為の性急さを詫び、また会ってほしいと告げるものだった。
次のものはその翌々日の夕方。
返事のない俺を、終始気遣う内容だった。
その翌日には、三通も。
送られてくる手紙から、だんだんと彼の余裕が失われていくのが分かる。
その翌日、文面は「逢いたい」のたった一言になっていた。
これらに目を通し、衝動的に登城しようとしたところを兄さんと両親と、ヴェルクにまで止められてしまった。
実際、寝たきりでいた身体の削ぎ落ちた体力では不可能で。
休暇中はしっかりと身体を休めるよう、当主直々に命ぜられてしまう始末だ。
……ついでに、返事を書くように、とも。
返事が遅れたことを詫びる手紙を送ると、その日の内に返事が届いた。
いや、メールじゃないからね?
鳩飛びすぎでしょ……
滅多な事では動じないルーチェの使用人たちが、「また鳩きた……」ってザワついたからね。
俺からの返事を心から喜んでくれるそれに、どうしようもなく胸が疼いてしまう。
原作クラッシャーと後ろ指を差されようとも、俺はあの人が――……
最後に顔を合わせて以来、1週間近くも顔を見られていないことになる。
別にこんなこと、初めてではないのに。
……いや、気まずいまま離れ離れなのは、初めてか。
思い出すと無性に逢いたくて——だけど、少し怖い。
「さっさと部屋に戻って読めばいいだろ」
「え? ここで読んじゃ駄目なの?」
思わず返した言葉に、兄さんは綺麗な顔を器用に左右非対称に歪めた。
「兄貴の部屋で恋文を読む奴がどこにいるんだ」
「恋文って……そんなんじゃないよ」
「どうだかな」
兄さんといい母さんといい、俺と殿下の仲を何か誤解している。
そんな甘いものではないのに——多分。
「じゃあ、読み終わったらすぐ戻るね」
「惚気んなら戻ってくんな」
露骨なうんざり声に、笑いながら兄さんの部屋を後にする。
そんなことを言って、数分後に俺が部屋を訪ねても拒絶なんてしないくせに。
徒歩数秒の自室へ戻ると、通信筒に魔力を通す。
ガチガチに固まっていた筒がカチリと小さな金属音を立て、開いた。
宛先人自身の魔力を感知しないと開かない、特別仕様だ。
無意識に詰めていた息を吐き出すと、丸められている小さな紙をそっと開く。
徐々に込み上げてくる高揚を胸に、綴られているたった一言を噛み締める。
繰り返し反芻しながら、最後に殿下と会った日のことを思い出した。
◇◇◇
「……最近、機嫌がいいな」
「そうですか? そんなことはないと思いますが……」
執務に使用した書籍を棚に片づけながら、殿下に応じる。
振り返るとすぐ後ろに立っていた殿下に驚き、背中が書棚にぶつかった。
「学園に通うのがそんなに楽しみなのか」
表情筋が死んでいるレベルで無表情の我が君は、問い掛けさえも平坦で感情が分かりづらい。
が、分かりづらいだけで分からないことはない——長年のつき合いの賜物だ。
今の彼は、珍しく苛立っていた。
「そ、れは……はい、楽しみです。魔法は学べばもっと上手く扱えるようになりますし」
……そんなに浮かれていただろうか?
魔法のこととなると、どうも周囲が見えなくなってしまうところがあるらしい。
「無詠唱で発動するだけでは足りないか」
「父のように、手印も省略できるようになるのが目標ですので」
魔法は発動の早さがものをいう。
時々父さんと模擬戦と称してやり合うことがあるが、あの人の発動速度は異常だ。
魔法の発動には詠唱が不可欠とされるところを、ノーモーションでぶっ放してくる。
どんな大技をかましたところで、相手の一発目で吹っ飛んでいたらそもそもの勝負にさえ持ち込めない。
……それを、身をもって知っている。
俺の言葉に、殿下の纏う空気がようやく和らいだ。
「……そうか」
その場を動かない殿下に、俺も動けずに硬直する。
冷たく見える程に端正な顔が、俺をジッと見ていた。
頬に伸びてきた手に、心臓が跳ね上がる。
その手をそれとなく避けながら、この空気を変えようと努めて明るい声を出す。
「殿下も、他の家門と交流のチャンスですよ? 今年は四大家門の令息たちも入学するではないですか。6大属性が一学年に揃うのは相当珍しいことだそうで、」
「私は」
突然抱き寄せられ、抱えていた書籍が床に落ちた。
咄嗟に殿下を押しのけようとした手を取られ、口づけられる。
「私は君さえいればいい。君さえ傍にいてくれれば、他には何もいらない」
「……で、んか?」
それは次期王を望まれる者として、絶対に聞かれてはいけない言葉だ。
表情も声音も平坦なまま、だけど闇色の瞳が酷く揺れている。
「殿下落ち着いてください。どうか」
「私は! 学園で他の者と交流をするだろう君を思うと、魔法の才ある者に心を開くであろう君を考えるだけで、気が狂いそうになる。私と君だけしかいないこの狭い世界から君を出したくない、ずっとこのままここで……二人だけでいられたら——」
——何だこれは。
まるで慟哭じゃないか。
掻き抱かれているせいで、殿下の表情が見えない。
しかし殿下の感情の波に呼応するように足元の影が蠢き出し、俺の身体を覆い始める。
足元が揺らぐ。
このままでは——沈められる。
「殿下、駄目です! お願い、俺の話を」
「私は君が欲しい。君だけがいい、君しかいらないんだ」
「っ! 殿下!」
反射的に指を弾いた。
フラッシュのような閃光と共に、身体に絡みつく影が霧散する。
そして、彼の胸を、渾身の力で突き飛ばしていた。
拒絶され、瞳を揺らす傷ついた姿を気遣う心の余裕なんてなかった。
「……本日は、これで失礼いたします」
辛うじて臣下の礼を取ると、脱兎の勢いで執務室を後にした。
5歳で安定者になって、12歳でそのまま従者に召し上げられて……3年。
こんなにも気まずくなることは初めてだった。
悪い事は重なるもので。
その翌日から、辺境伯領地に帰るために休暇をもらうことになっていた。
こんな状態で、離れ離れになるだなんて。
◇◇◇
俺は、未来の王となるために努力している人の補佐をしているつもりだった。
彼の力になりたいと、興味もない知識を学び身につけた。
……それなのに、自分はその彼に、一体何を言わせているのか。
好意を抱いているのも、抱かれているのも気付いていた。
知っていて互いに言わなかったのではなかったのか?
俺たちがずっと一緒にいるためはそれが最良なのだと信じていたのに。
……裏切られたとさえ、思ってしまった。
だって、俺は王族とは交わらない聖女の末裔であるルーチェの人間だから。
だって、殿下は未来の王となる人で、彼の隣には、闇の加護持ちであるという不利を払拭するような——後ろ盾となる、高位貴族の令嬢が立つべきで……
…………俺じゃ、ない。
俺たちは、互いに心を封じることで幸せになれるのだと。
そう——信じて、いたのに。
『……彼は、私の——唯一だったんだ』
全てを諦めたように抑揚のない声音と、生きたまま死んでいるかのような遠い目。
俺たちがどう足掻こうと、ヒロインが王太子を選ばない限り——彼の孤独が癒されることは、ない。
……耐え忍んだ先にある未来が、彼にとっての幸せであると信じていたのに。
信じていたから、この想いを抱えて逝ったのに——!
『蹴散らしなさい』
……そうだね。
物わかりのいい良い子ちゃんは、もうお腹いっぱいかな。
「『君は私の唯一』」
綴られた文面を言葉に乗せ、そっと唇を寄せる。
——さぁ、抗おうか。
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