第76話 『輸送衝突』
価格が二倍に跳ねた、その直後だった。
通りの空気が一気に変わる。
押し合い。
叫び。
足音。
「今のうちに買え!」
「もう上がるぞ!」
人が一方向に流れる。
パン屋。
穀物商。
あらゆる店に群がる。
ナディアが舌打ちした。
「完全に火がついたな」
ミレイアが冷静に言う。
「投機が煽っています」
レオンが周囲を見る。
「この流れ、止まらねぇぞ」
エリシアは板を見つめる。
二日。
いや――
「……もっと早い」
フィオナが言う。
「一日半です」
空気が一瞬、凍る。
ナディアが笑う。
「いいねぇ」
「削られたな」
そのとき、遠くから低い音が響いた。
ぎし、ぎし、と。
重い車輪。
レオンが振り向く。
「……来たか」
通りの先。
砂煙。
その中から現れる影。
**荷馬車。**
一台。
また一台。
さらに後ろから。
ナディアが笑う。
「南部だな」
ミレイアが頷く。
「第一便到着」
人々の視線が変わる。
恐怖から――
期待へ。
荷馬車が広場に入る。
穀物袋が見える。
ざわ、と空気が揺れる。
「来た……!」
「穀物だ!」
レオンが言う。
「心理が変わるぞ」
エリシアは言う。
「まだです」
その瞬間だった。
別の方向から、馬の音。
速い。
鋭い。
そして――
止まる。
道を塞ぐように。
武装した男たち。
商人ギルドの紋章。
ナディアが低く言う。
「……やりやがったな」
ミレイアが言う。
「輸送妨害」
南部の荷馬車が止まる。
御者が叫ぶ。
「通せ!」
「契約違反だ!」
商人側が冷たく言う。
「この道は閉鎖中だ」
レオンが笑う。
「完全に戦争だな」
エリシアは一歩前に出る。
「どいてください」
商人の男が笑う。
「誰の命令だ?」
エリシアは答える。
「国家です」
男は肩をすくめる。
「市場は国家に従わない」
その言葉。
聞き覚えがある。
ナディアが言う。
「セシルの手下か」
そのとき。
黒い馬車がゆっくり現れた。
セシル・ヴァルトン。
すべてを見ていたかのように。
降りてくる。
「良いタイミングですね」
静かな声。
エリシアは言う。
「通します」
セシルは微笑む。
「通りません」
沈黙。
周囲の人々が固まる。
荷馬車。
商人。
そして二人。
完全な対峙。
セシルは言う。
「市場はルールです」
「契約が優先される」
ミレイアが言う。
「国家非常時です」
セシルは首を振る。
「それは国家の理屈」
そして一歩前に出る。
「ここは市場です」
ナディアが笑う。
「じゃあ壊すか」
空気が一気に張り詰める。
レオンが言う。
「嬢」
エリシアは静かに言った。
「フィオナ」
「はい」
「記録を」
フィオナが即座に書き始める。
セシルが目を細める。
「何を」
エリシアは答える。
「市場妨害」
「非常時違反」
その言葉に、周囲の空気が変わる。
商人たちがざわめく。
「違反だと?」
「そんな規定は――」
ミレイアが言う。
「あります」
帳面を見せる。
「非常時供給妨害は処罰対象」
ナディアが笑う。
「法だ」
セシルは少し黙る。
ほんの一瞬。
だがその隙。
レオンが前に出る。
「通せ」
低い声。
圧。
商人たちが一歩引く。
その瞬間。
荷馬車が動いた。
ぎし、と音を立てて前進。
道を押し開ける。
人々が歓声を上げる。
「通った!」
「穀物が来た!」
空気が一気に変わる。
恐怖が崩れる。
ミレイアが価格板を見る。
数字が書き換えられる。
穀物価格――
**微減。**
ナディアが笑う。
「効いたな」
レオンも笑う。
「やっぱりこれだ」
エリシアはセシルを見る。
セシルは――
笑っていた。
「なるほど」
静かな声。
「法を使いましたか」
エリシアは答える。
「制度です」
セシルは頷く。
「面白い」
そして言う。
「ですが」
その声が少しだけ低くなる。
「一箇所です」
ミレイアが顔を上げる。
その意味。
エリシアも理解する。
そのとき。
別の方向から声が上がった。
「東門が止められてる!」
「北の輸送も!」
ナディアが笑う。
「……全方向か」
レオンが言う。
「やりやがる」
セシルは静かに言った。
「市場は網です」
「一箇所では終わらない」
エリシアは板を見る。
南部。
北部。
すべての輸送路。
塞がれ始めている。
だが。
まだ動いている。
今の一手で、
確実に一つは通した。
エリシアは言う。
「続けます」
ナディアが笑う。
「いいねぇ」
レオンが言う。
「全部通すぞ」
セシルは馬車へ戻りながら言った。
「令嬢」
振り返る。
「次は」
その目が冷たい。
「全部止めます」
黒い馬車が去る。
広場には歓声と不安。
穀物は来た。
だが足りない。
戦いは続く。
エリシアは板を見つめた。
一つ通した。
だが、
全体はまだ負けている。
王都の戦いは、
**最終局面へ入ろうとしていた。**
ついに「輸送そのものの戦い」に突入しました。
制度 vs 市場が、完全に“現場”でぶつかっています。
次話、さらに激化。
連盟はすべての輸送を通せるのか――。
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