第73話 『強行』
議会を出た瞬間、空気が変わった。
熱気。
焦燥。
そして――
怒り。
「パンがないぞ!」
「どうなってるんだ!」
人の波が押し寄せる。
石畳の通りは、すでに混乱の入口に入っていた。
エリシアは足を止めない。
そのまま前に進む。
フィオナが横につく。
「もう初期ではありません」
「はい」
エリシアは答える。
「中期に入っています」
ミレイアが数字を見ている。
「上昇速度が加速」
レオンが低く言う。
「止めるなら今だ」
ナディアが笑う。
「さっき宣言しただろ」
強行。
許可なしの国家備蓄投入。
もう引き返せない。
エリシアは言う。
「備蓄倉庫へ」
フィオナが頷く。
「こちらです」
王都の中心から少し外れた場所。
高い石壁。
厳重な門。
国家備蓄庫。
兵士が槍を構える。
「止まれ」
フィオナが前に出る。
「国家備蓄庁」
兵士が戸惑う。
「命令は出ていない」
エリシアが一歩前に出る。
「非常時です」
兵士の視線が揺れる。
「……財務長官の許可が」
「間に合いません」
即答。
沈黙。
背後から人の声が押し寄せる。
「食料がない!」
「子供が!」
兵士の表情が変わる。
ナディアが小さく言う。
「押せるぞ」
エリシアは静かに言った。
「責任は私が取ります」
その一言。
兵士は数秒迷い、
そして槍を下ろした。
「……開けろ」
重い扉が動く。
ぎい、と音を立てて開く。
中には、
膨大な穀物袋。
レオンが息を吐く。
「……あるな」
ミレイアが言う。
「十分です」
エリシアは振り返る。
「配給を開始します」
フィオナが即座に動く。
「区画ごとに分けます」
ナディアが笑う。
「仕事だな」
兵士たちが動き出す。
穀物が運び出される。
その様子を、
外の人々が見ていた。
「出てきた……」
「国家備蓄だ!」
ざわめきが広がる。
恐怖が、わずかに揺らぐ。
エリシアは板を立てる。
即席の。
そして書く。
**配給開始**
価格ではない。
供給でもない。
**安心。**
人々がその文字を見る。
そして列を作り始める。
レオンが言う。
「心理が変わった」
ミレイアが頷く。
「パニック抑制」
ナディアが言う。
「間に合ったな」
そのとき。
遠くから馬車の音。
黒い馬車。
止まる。
扉が開く。
セシル・ヴァルトン。
ゆっくりと降りる。
その視線が、
国家備蓄に向く。
そして配給の列。
人々の表情。
少しだけ笑う。
「……やりましたね」
エリシアは答える。
「必要でした」
セシルは頷く。
「確かに」
そして言う。
「市場は止まりました」
ミレイアが価格板を見る。
新しい数字。
穀物価格――
**上昇停止。**
レオンが低く言う。
「効いた」
だがセシルは続ける。
「ですが」
その言葉で空気が変わる。
「国家が市場に介入した」
ナディアが言う。
「何が悪い」
セシルは微笑む。
「悪くありません」
そして少しだけ目を細める。
「ただし」
静かな声。
「市場は反応します」
ミレイアが顔を上げる。
「……どういう意味です」
セシルは答えない。
ただ空を見る。
そして言った。
「明日、分かります」
レオンが眉をひそめる。
「何をする気だ」
セシルは笑う。
「市場です」
それだけ言って、
馬車へ戻る。
去り際に一言。
「令嬢」
「あなたの制度」
少しだけ楽しそうに。
「壊してみましょう」
黒い馬車が去っていく。
ナディアが吐き捨てる。
「来るな」
エリシアは配給の列を見る。
人々は落ち着いている。
恐怖は止まった。
だが。
ミレイアが小さく言う。
「……何か来ます」
エリシアは頷く。
「はい」
市場は止まらない。
政治も。
そして戦争も。
エリシアは板を見つめた。
配給。
制度。
だがその上に、
まだ見えない何かがある。
王都の戦いは、
**次の段階に入ろうとしていた。**
ついに「強行」が動きました。
ここからは、制度が“禁じ手”を使ったことで
市場がどう反撃するのかが焦点になります。
次話、セシルの一手。
物語がさらに一段加速します。
続きが気になる方は、ぜひブックマークと評価で応援お願いします!




