第71話 『王都帰還』
北部を発った馬車は、王都の外壁が見えた頃に速度を落とした。
巨大な城壁。
門の前に並ぶ長い列。
商人、兵士、荷馬車。
そして――
人の数。
「……多いな」
レオンが低く言う。
ナディアが肩をすくめる。
「北部とは桁が違う」
エリシアは黙ってその光景を見ていた。
市場。
人。
物流。
すべてが密集している。
ここは違う。
北部とは。
南部とも。
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
音が増える。
叫び声。
交渉。
荷の音。
そして――
価格の声。
「パン一斤、三割増し!」
「まだ上がるぞ!」
ミレイアが足を止める。
「……もう来ています」
エリシアも板を見るように市場を見た。
価格のざわめき。
数字は出ていない。
だが分かる。
**上がり始めている。**
ナディアが舌打ちする。
「北部の余波か」
「はい」
エリシアは頷く。
北部は落ち着いた。
だが市場は連動する。
王都はもっと敏感だ。
レオンが言う。
「セシルのやつか」
「可能性は高いです」
そのとき、広場の中央で怒号が上がった。
「買い占めだ!」
「昨日の倍だぞ!」
人々が押し合う。
パン屋の前。
棚が空になっている。
ミレイアが小さく言う。
「……早い」
エリシアは静かに息を吐いた。
北部より速い。
理由は簡単。
**密度。**
ここは王都。
人も資金も、すべてが集中している。
そこへ、背後から声。
「お帰りなさい」
振り向く。
一人の女性。
淡い銀髪。
整った服装。
無駄のない視線。
「フィオナ・クラウゼル」
ミレイアが言う。
「国家備蓄庁」
フィオナは軽く一礼した。
「お待ちしていました」
エリシアが頷く。
「状況は」
フィオナは即答した。
「悪いです」
迷いがない。
「北部の影響で王都価格は上昇中」
「備蓄はまだ十分」
「ですが」
一瞬だけ間を置く。
「政治が動いています」
ナディアが眉をひそめる。
「政治?」
フィオナは言う。
「国家備蓄予算の見直し案」
レオンが低く言う。
「……このタイミングでか」
「はい」
フィオナは続ける。
「財務長官が主導しています」
その名前を聞いた瞬間、空気が変わった。
グレゴール・ラディウス。
王国財政の頂点。
ミレイアが言う。
「市場寄りの人物」
「はい」
フィオナは頷く。
「国家備蓄は非効率だと」
ナディアが笑う。
「今言うか、それ」
フィオナは冷静に答える。
「だからです」
「今なら削れる」
エリシアは目を閉じる。
市場が揺れる。
だから政治が動く。
そして制度が試される。
同時に。
レオンが言う。
「セシルと組んでるな」
「可能性は高いです」
フィオナは即答した。
無駄がない。
そして正確だ。
エリシアは言う。
「議会は」
「本日、臨時会合」
フィオナの答えは早い。
つまり。
時間がない。
そのとき、再び広場で声が上がる。
「売り切れだ!」
「パンがない!」
人々がざわめく。
恐怖が広がる。
ナディアが言う。
「……来たな」
ミレイアが小さく言う。
「王都パニック、初期段階」
北部より速い。
そして規模も大きい。
エリシアはゆっくり言った。
「備蓄を動かします」
フィオナが即答する。
「許可が必要です」
「誰の」
「財務長官」
沈黙。
レオンが笑う。
「面倒なのが出てきたな」
エリシアは前を見る。
議会の塔。
王都の中心。
その先にいる。
政治。
市場。
そして敵。
「行きます」
短い言葉。
フィオナが頷く。
「案内します」
ナディアが笑う。
「忙しくなりそうだな」
レオンが言う。
「戦争だな」
エリシアは歩き出す。
王都の石畳。
人の波。
そしてその奥。
議会。
市場は動いている。
政治も動いている。
今度の戦場は、
両方だ。
そのとき、遠くで誰かが言った。
「穀物、さらに上がるぞ!」
ざわめきが広がる。
エリシアは立ち止まらない。
ただ前を見る。
次の戦いは、
もう始まっている。
王都編、ついにスタートです。
ここからは「市場」と「政治」が同時に襲いかかります。
北部よりも一段スケールの大きい戦いになります。
次話は、ついに財務長官との対峙。
制度は政治を突破できるのか。
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