第69話 『商会破綻』
北部ヴァルクの市場は、ようやく人の声を取り戻していた。
昨日までの怒号とは違う。
今は、安堵と混乱が混ざったざわめきだ。
広場の中央、価格板。
穀物価格――
**基準価格の一・〇五倍。**
ほぼ通常。
レオンが低く言う。
「……戻ったな」
ミレイアが帳面を閉じる。
「北部暴騰、完全終了です」
ナディアが肩を回す。
「長い戦争だったな」
マリアが広場を見る。
農民たちが笑っている。
子供たちが走っている。
市場が戻った。
だが、
完全ではない。
倉庫街の方から怒号が聞こえる。
「金が足りない!」
「支払いが!」
「商会が潰れる!」
レオンが言う。
「……来たな」
ミレイアが小さく頷く。
「投機商会破綻」
価格が崩れると、
借金で動いていた商会が倒れる。
市場の清算。
ナディアが笑う。
「自業自得だな」
そのとき、広場の奥から人が走ってきた。
「グレイン系列が破綻!」
ざわ、と広場が揺れる。
ミレイアが言う。
「中堅三社」
レオンが笑う。
「セシルの部下か」
「はい」
エリシアは板を見る。
予想通り。
投機は速い。
だが崩れるときも速い。
そのとき、
黒い馬車が広場に入ってきた。
セシル・ヴァルトン。
ゆっくり降りる。
倉庫街の混乱を見ている。
破綻した商会。
荷を抱えたまま崩れた投機。
セシルは静かに言った。
「掃除です」
ナディアが吐き捨てる。
「自分の仲間だろ」
セシルは肩をすくめる。
「市場の仲間はいません」
レオンが笑う。
「冷てぇな」
セシルは答える。
「合理的です」
そのとき、
ローデリックが近づいてきた。
「市場は残酷だ」
セシルは頷く。
「はい」
ローデリックは続ける。
「だが今回は制度が勝った」
セシルは少しだけ笑う。
「短期的には」
ナディアが言う。
「負け惜しみか」
セシルは首を振る。
「市場は負けません」
そしてエリシアを見る。
「令嬢」
静かな声。
「あなたは市場を止めた」
「ですが」
少しだけ微笑む。
「市場は止まりません」
エリシアは答える。
「だから制度が必要です」
沈黙。
セシルは少しだけ頷いた。
そして広場を見る。
農民輸送。
地主連盟。
国家備蓄。
そして北部連盟。
「見事です」
短い評価。
ナディアが言う。
「負け認めたな」
セシルは笑う。
「戦争は一度では終わりません」
レオンが言う。
「次は王都か」
セシルは答える。
「ええ」
静かな声。
「王国市場は、もっと大きい」
広場が少し静かになる。
その言葉は重い。
北部は一地域。
王国は全体。
セシルは馬車へ向かう。
そして最後に振り向く。
「令嬢」
「あなたの制度」
少しだけ笑う。
「どこまで通用するか」
そのまま馬車に乗る。
黒い馬車がゆっくり去っていく。
レオンが言う。
「逃げたな」
エリシアは首を振った。
「違います」
「次の戦場です」
ミレイアが板を見る。
南部連盟
北部連盟
国家制度
そしてその上に書く。
**王国市場**
北部の戦いは終わった。
だが物語は終わらない。
次の戦場は、
**王都。**
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