第68話 『投機崩壊』
ヴァルク市場の朝。
人々の視線は、広場中央の価格板に集まっていた。
昨日までの恐怖は、すでに空気から消えかけている。
代わりにあるのは――
**焦り。**
価格板の数字が書き換えられる。
穀物価格――
**一・三倍。**
昨日の三倍から見れば、ほとんど半分だ。
人々のざわめきが広がる。
「落ちてる……」
「まだ落ちるぞ」
「売れ!」
声の種類が変わっていた。
恐怖の買いではない。
**焦りの売り。**
ミレイアが小さく言う。
「典型的な崩壊です」
レオンが腕を組む。
「投機が逃げ始めたか」
「はい」
農民輸送。
地主放出。
国家備蓄。
三層供給が心理を変えた。
そして今、
市場倉庫が崩れている。
倉庫街。
巨大な石扉が次々と開いていた。
穀物袋が運び出される。
商人たちが怒鳴り合っている。
「早く売れ!」
「値が下がる!」
ナディアが笑う。
「昨日まで王様だった連中がな」
マリアが腕を組む。
「市場って怖いね」
エリシアは板を見る。
供給曲線。
価格曲線。
計算はもう終わっている。
「まだ下がります」
ミレイアが頷く。
「在庫が多すぎる」
そのとき、
黒い馬車が広場に入ってきた。
セシル・ヴァルトン。
ゆっくり降りる。
広場を見渡す。
農民輸送。
地主輸送。
国家備蓄。
そして、
崩れている商人倉庫。
少しだけ笑った。
「美しい」
ナディアが言う。
「何がだ」
セシルは倉庫街を指す。
「市場の崩壊」
ミレイアが言う。
「あなたの投機です」
セシルは頷いた。
「はい」
驚くほどあっさり。
そして続ける。
「投機は速い」
「崩壊も速い」
レオンが言う。
「だから制度が必要なんだろ」
セシルは肩をすくめる。
「制度は遅い」
その言葉は変わらない。
だがエリシアは言う。
「でも残ります」
沈黙。
セシルは少しだけ笑う。
そして価格板を見る。
数字がまた変わった。
穀物価格――
**一・一倍。**
ほぼ通常だ。
広場がどよめく。
レオンが低く言う。
「……終わったな」
ミレイアが頷く。
「北部暴騰、終了」
マリアが笑う。
「農民助かった」
ローデリックが広場に出てくる。
倉庫街を見ながら言う。
「市場は残酷だ」
エリシアが答える。
「だから分散します」
ローデリックが少し笑う。
「連盟だな」
ナディアが言う。
「そういうこと」
そのとき、
倉庫街の奥から怒号が聞こえた。
商人たちが叫んでいる。
「破綻だ!」
「商会が潰れる!」
ミレイアが小さく言う。
「投機商会」
レオンが笑う。
「自爆か」
セシルは静かにその様子を見ていた。
やがて言う。
「市場の清算です」
ナディアが吐き捨てる。
「綺麗な言葉だな」
セシルは笑う。
「市場は美しい」
エリシアは板を見つめる。
南部連盟。
北部連盟。
国家制度。
そして今、
市場暴騰は終わった。
だがセシルは最後に言った。
「令嬢」
エリシアを見る。
「あなたの制度は強い」
少しだけ笑う。
「ですが」
静かな声。
「市場はまだ終わっていません」
レオンが言う。
「また来るのか」
セシルは答えない。
ただ馬車へ戻る。
去り際に一言。
「王都で会いましょう」
黒い馬車がゆっくり去っていく。
広場には穀物袋の山。
そして人々の安堵。
投機は崩れた。
市場は落ち着いた。
だが物語は、
**王国市場**へ向かっている。
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