第67話 『価格崩落』
国家備蓄の輸送隊が到着して三日目。
ヴァルクの市場は、これまでとはまったく違う顔をしていた。
人は集まっている。
だが、恐怖のざわめきではない。
**様子見の静けさ。**
広場の中央、価格板の前に人が集まっている。
書き換えられた数字。
穀物価格――
**二・三倍。**
昨日の三倍から、はっきりと下がった。
レオンが低く言う。
「……落ちたな」
ミレイアが帳面をめくる。
「供給が増えています」
農民輸送。
地主放出。
国家備蓄。
三つの物流が、確実に市場へ流れ込んでいる。
ナディアが広場を見渡す。
「恐怖が消え始めてる」
それが一番大きい。
市場は数字だけで動かない。
心理で動く。
そして今、
**買い占めの恐怖が薄れた。**
マリアが荷馬車の列を見ながら言う。
「農民も落ち着いた」
農民輸送隊は、今日も動いている。
量は多くない。
だが毎日届く。
それだけで市場は変わる。
ローデリックが倉庫前で腕を組んでいた。
「価格は下がる」
静かな声。
「だがどこまでだ」
エリシアは板を見る。
供給量。
輸送速度。
市場倉庫。
そして言う。
「まだ下がります」
ミレイアが頷く。
「投機在庫が残っています」
倉庫街。
巨大な石倉庫。
商人ギルドの穀物。
北部在庫の四割。
そこが問題だ。
レオンが言う。
「連中、まだ出さねぇな」
ナディアが笑う。
「出したら負けだからな」
そのとき、倉庫街の扉が一つ開いた。
ぎい、と重い音。
人々が振り向く。
穀物袋が運び出される。
ざわ、と広場が揺れた。
ミレイアが言う。
「……出ました」
商人倉庫。
ついに動いた。
エリシアは板を見る。
供給がさらに増える。
心理が変わる。
つまり――
**投機が崩れる。**
レオンが低く笑う。
「来るな」
そのとき、倉庫街の別の扉も開いた。
また一つ。
さらに一つ。
商人たちが穀物を出し始めている。
ナディアが言う。
「投機の崩れだ」
ミレイアが説明する。
「価格が下がる前に売る」
典型的な崩壊パターン。
市場は速い。
だが崩れるときは、
**もっと速い。**
広場の人々が価格板を見上げる。
新しい数字が書き込まれる。
穀物価格――
**一・八倍。**
ざわめきが広がる。
レオンが言う。
「……落ちた」
マリアが笑う。
「一気に」
そのとき、
黒い馬車が倉庫街から出てきた。
セシル・ヴァルトン。
広場の中央で止まる。
セシルは降りて、
市場の様子を見た。
農民輸送。
地主輸送。
国家備蓄。
そして、
崩れ始めた商人倉庫。
少しだけ笑う。
「早いですね」
エリシアが言う。
「市場は速い」
セシルは頷いた。
「はい」
そして価格板を見る。
数字がまた書き換えられる。
穀物価格――
**一・五倍。**
広場がどよめく。
投機の崩壊が始まった。
セシルは静かに言う。
「制度が勝ったわけではありません」
ナディアが笑う。
「負け惜しみか?」
セシルは首を振る。
「市場が自己調整しただけです」
エリシアは答える。
「供給が戻ったからです」
セシルは少しだけ目を細める。
そして言った。
「……今回は」
レオンが眉を上げる。
「またそれか」
セシルは微笑む。
「市場は何度でも戦えます」
その言葉は事実だった。
市場は止まらない。
だが。
エリシアは板を見る。
南部連盟。
北部連盟。
国家制度。
そして今、
市場の暴騰は崩れている。
広場の風が少し暖かい。
価格板の数字が、また下がった。
穀物価格――
**一・三倍。**
投機は、
完全に崩れ始めていた。
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