第64話 『輸送戦争』
北部ヴァルクの朝は、昨日までと違っていた。
市場は開いている。
だが穀物はほとんど動いていない。
巨大倉庫の扉は閉ざされたまま。
商人ギルドの封鎖が続いている。
広場では、人々が価格板を見上げていた。
穀物価格――
**基準価格の三倍。**
誰も声を出さない。
恐怖は、もう言葉を必要としない。
レオンが低く言う。
「……完全に止めやがったな」
ナディアが腕を組む。
「商人輸送路は全部封鎖」
ミレイアが帳面を確認する。
「輸送組合、契約停止」
つまり、
**市場物流が止まった。**
だがそのとき。
遠くから車輪の音が聞こえた。
ぎし、ぎし、と。
ゆっくりした音。
広場の人々が振り向く。
一本道の先から、
**荷馬車が現れた。**
一台。
また一台。
さらに後ろから。
マリアが笑った。
「来た」
ナディアが小さく笑う。
「農民輸送隊」
南部でやった方法。
組合を通さない、
**村輸送。**
荷馬車の列が広場に入る。
積まれているのは、
小さな穀物袋。
大量ではない。
だが――
**確実に供給だ。**
ざわ、と人々が動く。
レオンが言う。
「心理供給」
ミレイアが頷く。
「価格を止めるには十分」
そのとき、
倉庫街の方から馬車が来た。
黒い商会馬車。
止まる。
扉が開く。
セシル・ヴァルトン。
相変わらず落ち着いた顔で降りてきた。
広場を見渡す。
農民輸送隊。
荷馬車の列。
そして、エリシア。
セシルは少し笑った。
「なるほど」
ゆっくり歩きながら言う。
「制度が物流を作った」
エリシアは答える。
「市場が止めたからです」
セシルは肩をすくめる。
「合理的判断」
そして荷馬車を見る。
「ですが」
ミレイアが小さく言う。
「数が足りない」
事実だった。
農民輸送は、
商人輸送の十分の一。
市場を完全に止めるには弱い。
セシルが言う。
「市場は速い」
「国家は遅い」
またその言葉。
だがエリシアは板を出す。
広場の中央に立てる。
書く。
**北部輸送量**
農民輸送
地主輸送
国家輸送(準備)
ナディアが笑う。
「三層輸送」
セシルが目を細める。
「地主輸送?」
そのとき。
遠くから、
重い車輪の音が響いた。
今度はゆっくりではない。
**巨大荷車。**
ローデリック侯の紋章。
倉庫の扉が開き、
巨大な穀物袋が積まれている。
レオンが笑う。
「地主放出」
広場がざわめく。
地主連盟が動いた。
供給が増える。
セシルはその様子を見て、
ほんの少しだけ目を細めた。
だがすぐに微笑む。
「良い動きです」
そして言う。
「ですが」
指で市場を示す。
「商人倉庫は四割」
巨大倉庫の列。
そこにある穀物。
まだ動かない。
ミレイアが言う。
「公開命令」
セシルが笑う。
「拒否します」
そのとき、
議会の鐘が鳴った。
王都使者が到着する。
広場が静まる。
紙が読み上げられる。
**国家備蓄輸送命令**
ナディアが低く言う。
「第三層」
地主。
農民。
国家。
三つの物流が揃う。
セシルは少しだけ笑った。
「国家が出てきましたか」
エリシアは言う。
「市場は速い」
「ですが」
セシルの言葉を返す。
「制度は止めます」
広場の風が強くなる。
荷馬車の列。
農民輸送。
地主輸送。
国家輸送。
そして、
封鎖された商人倉庫。
物流の戦争。
市場 vs 制度。
その戦いは、
**輸送戦争**へと変わっていった。
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