第62話 『市場は国家より速い』
議会堂の空気は、張り詰めていた。
中央に立つ二人。
エリシア・ヴァルドール。
そして――
セシル・ヴァルトン。
市場と制度。
その象徴が、初めて真正面に向き合っている。
セシルはゆっくりと議場を見渡した。
地主。
農民。
議員。
そして言う。
「壮観ですね」
穏やかな声。
「北部最大の地主と、農民連盟と、国家制度の象徴」
軽く笑う。
「全員が市場を止めようとしている」
ローデリックが低く言う。
「止めるのではない」
「均衡だ」
「均衡」
セシルはその言葉を繰り返した。
「いい言葉です」
だが次の言葉は冷たい。
「幻想ですが」
議場がざわめく。
ナディアが小さく笑う。
「言うじゃねぇか」
セシルは板の数字を見る。
穀物価格。
二倍。
「見てください」
指で板を叩く。
「市場はすでに動いている」
ゆっくり振り向く。
「国家制度が何かを決める前に」
エリシアを見る。
「価格は変わる」
ミレイアが言う。
「だから制度が必要です」
「いいえ」
セシルは首を振る。
「だから制度は無意味です」
沈黙。
セシルは続ける。
「市場は情報で動く」
「国家は会議で動く」
指を鳴らす。
「速さが違う」
レオンが腕を組む。
「速くても、崩れたら意味ねぇだろ」
セシルは微笑む。
「崩れるのは弱い者です」
農民席がざわめく。
マリアが睨む。
「人が飢える」
「市場は感情では動きません」
冷たい答え。
エリシアは静かに言った。
「動きます」
セシルが目を細める。
「どういう意味です?」
「恐怖です」
エリシアは板を指す。
「暴騰は恐怖」
「買い占めも恐怖」
「市場も人です」
沈黙。
セシルは少しだけ笑った。
「面白い」
そして言う。
「ですが」
ゆっくり歩きながら続ける。
「恐怖も利用できます」
ミレイアが小さく言う。
「……投機」
「その通り」
セシルは頷いた。
「市場は戦場です」
議場を見渡す。
「勝つ者が利益を得る」
「負ける者が消える」
ローデリックが言う。
「農民は消えない」
「消えます」
即答だった。
「借金で」
沈黙。
ナディアが低く言う。
「クズだな」
セシルは笑う。
「現実です」
そのとき、ミレイアが新しい紙を持ってきた。
「王都市場速報」
エリシアが受け取る。
穀物価格――
**さらに上昇。**
ナディアが呟く。
「……まだ上げるのか」
セシルが肩をすくめる。
「市場は止まりません」
そしてエリシアを見る。
「あなたの制度が止められるなら」
少し身を乗り出す。
「見せてください」
完全な挑発。
だがエリシアは動じない。
板に書く。
**地主放出**
**農民輸送**
**国家備蓄**
三層。
セシルがそれを見る。
「遅い」
即答。
「市場は今日動く」
「制度は明日動く」
レオンが言う。
「それでも止める」
「不可能です」
セシルは静かに言った。
「なぜなら」
倉庫街を指す。
「穀物の四割は私たちの倉庫にある」
沈黙。
「あなたの制度は」
エリシアを見て言う。
「倉庫の外でしか動けない」
ミレイアが言う。
「だから公開命令」
「拒否します」
即答。
セシルは微笑む。
「国家が倉庫を開ける?」
「やってみてください」
議場が静まり返る。
それは挑戦だった。
国家 vs 市場。
エリシアはゆっくり言った。
「やります」
セシルは笑う。
「いいですね」
そして扉へ向かう。
最後に振り返る。
「南部の令嬢」
「市場は速い」
静かな声。
「国家は遅い」
そして扉を開けた。
「この戦争」
わずかに笑う。
「楽しみましょう」
セシルは去った。
議場に残るのは沈黙。
ナディアが言う。
「完全に喧嘩売ってきたな」
エリシアは板を見つめた。
市場。
制度。
どちらが速いか。
答えはまだ出ていない。
だが戦争は、
もう始まっている。
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