第59話 『選択』
北部ヴァルクの議会堂。
今度の会合は、前回よりも静かだった。
怒号はない。
だが空気は重い。
全員が知っているからだ。
市場は、もう限界に近い。
中央の板に数字が書かれている。
北部穀物価格――
**前日比九十五%上昇。**
ほぼ倍だ。
農民席から小さなざわめき。
地主席は沈黙。
商人席は、誰も来ていない。
マリアが言う。
「農民の備蓄は、もうない」
その声は落ち着いていた。
「売り切った」
レオンが低く言う。
「予想通りだ」
ミレイアが板に数字を書き足す。
農民備蓄――ほぼゼロ
地主備蓄――三割
市場倉庫――四割
そして、
**国家備蓄――二割**
ナディアが腕を組む。
「つまり」
「穀物はある」
エリシアが言った。
「だが動かない」
集中している。
だから価格が爆発する。
ローデリックが机を叩く。
「地主連盟は動く」
広間が静まる。
「備蓄の一部を市場に出す」
ざわ、と空気が揺れる。
地主の一人が言う。
「損をする」
「知っている」
ローデリックは答える。
「だが崩壊すれば、もっと損だ」
静かな説得。
南部の理屈が、ここで少しずつ通り始めている。
マリアが言う。
「農民は協力する」
「どうやって」
地主が問う。
「輸送」
マリアは答える。
「村の馬車を出す」
レオンが頷く。
「南部と同じだな」
三層。
地主。
農民。
国家。
だが問題はまだある。
エリシアは板を指した。
**市場倉庫――四割**
ミレイアが言う。
「ここが動かない限り」
「価格は止まりません」
沈黙。
ローデリックが低く言う。
「倉庫公開か」
「はい」
エリシアは頷く。
「在庫を隠せば、投機は止まりません」
地主の一人が苦笑する。
「商人が従うと思うか」
「思いません」
正直な答え。
広間がざわめく。
「だから」
エリシアは続ける。
「国家権限が必要です」
全員が見る。
それはつまり――
**国家備蓄の介入。**
ナディアが低く言う。
「王都を動かす?」
「はい」
ミレイアが紙を出す。
「王都議会緊急会合」
「すでに議論中」
ローデリックが問う。
「国家備蓄を出すのか」
沈黙。
この決断は重い。
国家備蓄は最後の壁。
ここで使えば、
次の危機に弱くなる。
エリシアは板を見つめる。
地主備蓄。
農民輸送。
市場倉庫。
国家備蓄。
そして言った。
「段階的に使います」
ミレイアが頷く。
「第一段階」
地主連盟放出。
「第二段階」
農民輸送。
「第三段階」
国家備蓄。
順序。
それが均衡を作る。
ローデリックがゆっくり頷く。
「合理的だ」
そのとき、扉が開いた。
使者が駆け込む。
「王都市場速報!」
紙が差し出される。
ミレイアが読む。
穀物価格――
**二倍突破。**
広間が静まり返る。
ナディアが低く言う。
「……来たな」
第二の暴騰。
南部より大きい。
そして危険だ。
ローデリックが立ち上がる。
「地主連盟を正式に発足する」
木槌の音。
「備蓄を放出する」
マリアが言う。
「農民輸送隊を出す」
全員がエリシアを見る。
国家制度。
その設計者。
エリシアはゆっくり頷いた。
「王都に連絡します」
「国家備蓄準備」
三層が動く。
南部とは違う形で。
だが同じ原理で。
広間を出ると、北風が強かった。
レオンが空を見る。
「嬢」
「はい」
「次は王都だな」
エリシアは頷く。
市場はもう止まらない。
だが崩壊を防ぐことはできる。
そのための選択。
そして次の戦場は、
**国家そのもの**だった。
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